2015年05月24日

花瓶

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両親が岩手盛岡の家を引き払い、仙台に転居、私がいままで倉庫兼アトリエに使っていた数部屋の集合住宅が新しい住まいとなった。
転居日が先週の日曜日だから一週間前のことだ。

当然ながら引っ越し日は、一軒家の荷物が山のように届き、新居の集合住宅では寝る場所確保は無理。
昨日まで近所の我が家に寝泊まりしつつ、昼間に整理となっていた。

それはもういろいろなものが狭い住まいに運び込まれたわけで、なかでもおもしろかったのが、「花瓶」。

よく、お祝いでいただきますよね、花瓶。
ひっくりかえした底に「祝ナンタラ・ドコノダレソレ」と書かれている、アレ。
両親曰く、捨てるに捨てられないとのこと。書き込まれた名前があると、もうだめなんですね。
たとえ、未使用品であっても、名前は記憶を掘り起こす。狭い部屋に越した老夫婦にとって、芳名記載のなんと罪なことよ。

部屋数の多い一軒家ならあちこちに花を生けておけるからいいんだろうけど、集合住宅では必然置き場所は限られる。
花瓶の贈り物も善し悪しだなあ、、、と、花瓶花瓶花瓶花瓶…と書かれた段ボールの山を見て、出るのはため息通り越して、シュールな笑い。
おまけに、デザインにおいて、いわゆる「古くさいよね」ってのもあるんだねえ。。。工芸品も時代とともに移り変わるのだね。
なんて言っても、昔の人間の両親はそんなことより思い出の方が深くてやっぱり「捨てられない」わけです。これもまたわかるよな。

少なくとも自分が仮に花瓶を贈る側になったときは、オノレの名前を書き込むことはやめよう、と、思いました。

いよいよ昨晩から新居に寝泊まりをはじめた両親に電話したところ、以前から背中を痛めている母が、薬が切れた、とのこと。転居二週目の明日は、医者通いの初アッシーをすることと相成りました。

こちらも初の連続で、毎日がジェットローラーコースター(笑)
時おりふと、家族ドラマを「客観的に見ている」ような妙な既視感があったりして、あらためて、「東京物語」はすごい映画だったんだな、とおもったり…。そんな不思議感たっぷりの日々です。

++++

そんなどたばたで気がつけば、岩手町の石神の丘美術館での展示も残すところ最後の週となります。
盛岡タイムスで記事として大きく掲載されましたことをご報告しておきます。
(私は30日午後から31日最終日と会場に入ります。)

2015.5.19 盛岡タイムス2.jpg







posted by タク at 22:44| 宮城 | Comment(0) | TrackBack(0) | モノヅクリの裏庭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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