2015年08月16日

70年前

数日前に82歳になる父のことを書いたけれど、以前、戦争に関して気になっていたことを聞いたことがある。

よく、文化人や有名人が、終戦前と終戦後の世相や教育が180度変わったことに言及し、憤懣やる方なき!といった論調で書いているものがありますね。それはそれでナルホドと思ってました。

では、身近な大人(当時の子供)はどう思ったんだろう?
一番身近な父に聞いたことがある。
はたして、岩手の二戸という田舎で、12歳で終戦を迎えた父は、学校を、教育を、終戦をどう受け止めたんだ?…
数年前のことです。

「大人とか先生とかにが?別になんともおもわねがったな。腹いっぱい食えるようになっかなー、って思ったぐれーかな。戦争終わって晴れ晴れした感じはしたど思ったな」

ちょっと肩透かし食らった気分でした。でも、なるほどとも思いました。
文化人有名人が発するメッセージは、文化人になるくらいですから、若き日の目線もその他大勢とはまた違うのでしょう。
仕事柄メッセージの切れもいいしメディアに乗ることでパワフルに届く。あたかも皆がそう感じていたかのように…。

でもな、年齢層が変われば感じ方も違う。片田舎の12歳の少年が感じてた1945年もまたひとつの1945だよな、と思ったのでした。

因みに、もう少し父に聞きたい、と思ったんだけど、なんといいますか、自分がどこか雑誌のライターの誘導尋問みたいな感じになって自己嫌悪。その時は嫌になってやめた(笑)

数ヶ月前、仙台に引っ越してきた父は、ダンボール一箱を持っていけ、と、私に押し付けてきた。何かな?と思って開けると週間で出版された昭和の記録がどさりと詰まっていた。

どうしたのこれ?ときくと、娘と息子にだという。「子供の頃の記憶が曖昧になってきてっぺ。んだがら、孫に買っといだ」

太平洋戦争が終わって70年だ。記憶も曖昧になっていくんだろう。ありがたかった。けど、でもな、とも思う。
本は素晴らしい記録媒体だ。だけれどあくまで誰かの目を通し「編集された」ものという一面も否が応でも併せ持つ。

たとえ曖昧な記憶でも、場違い勘違いの記憶でもいい。まだ生きているナマの父の、終戦とその周辺をやはりストレートに聞いておかなければ、ヘナチョコ息子失格ってもんだろう。

テレビや本で映し出される焼け野原や戦場。もちろんそれこそ戦争の醜さだ。
同時に父の目を通した岩手の片田舎の1945年。それもまた聞き送っておかなきゃならない戦争の記憶なんだ、と思うのです。



posted by タク at 15:07| 宮城 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | モノヅクリの裏庭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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