2009年11月10日

ベルリンの壁

berlin003.jpg
ベルリンの壁が壊れて20年。
今日の新聞を見て、ふと古いアルバムを開いてしまった。

ベルリンの壁が壊れて数年が経った時だったと思う。チェックポイントチャーリーなる検問所が残ると知り、ベルリンの壁の残滓を見にベルリンを訪れた。二ヶ月のヨーロッパぶらぶら旅の中、たしか、ベルリンには2泊ほどの滞在だったと思う。
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今はどうなのかわからないが、当時は東と西の豊かさの落差が、地下鉄や街角のいたるところにみてとれた。行き交う市民の服装からして東と西が一目瞭然だった。その差に少なからず驚いた記憶がよみがえる。
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写真はチェックポイントチャーリーと、ところどころに残っていた壁。そしてトップのチェックポイントチャーリーで手に入れた、パンフレットの表紙。
当時イラストレーター駆け出しだった私は、この表紙のウォールアートから頭をなぐられたような強い衝撃を受けた。

その時の旅で見聞きしたさまざまなモノゴトが、二十年近くたった今もなお、枝葉を延ばしていることに気づいてます。

貴重な旅でした。


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posted by タク at 08:46| 宮城 🌁| Comment(5) | TrackBack(0) | 旅の神様 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
政治的な思惑で引き裂かれた民族の悲劇は今も続いているようですね。旧東ドイツの人は市場経済の厳しさに根を上げて社会主義を懐かしみ、旧西ドイツの人は高い復興費用をぼやき、怠け者の東ドイツ人を侮蔑しています。ベルリンの壁は壊されましたが、人々の心の壁は、未だ高くそびえているようです。
Posted by ヌマンタ at 2009年11月10日 17:07
ベルリンの壁。崩壊当時は小学生でニュース映像を見てもよくわからなかったですね。なんで壁がなくなるのが嬉しいんだろう?って思っていました。格差ってどうやったらなくなるんでしょうね。
Posted by はづたん at 2009年11月10日 18:55
ヌマンタさん、そうですか、今もなお悲劇は終わらず、ですか。染み付いた感覚をぬぐい去るというのは、本当に難しいのでしょうね。
ところで、「A10奪還チーム出動せよ」という小説は、確かベルリンが舞台だったと記憶していますが、ちがいましたっけ??。


はづたんさん、そうでしたか、当時小学生では確かにわかりませんよね。私も小学生の時ベトナム戦争がありましたが、まったくピンときませんでした。
格差は東西のみならず日本にもありますが、富が評価の基準になる社会がもつ二面性なんでしょうね。
Posted by タク at 2009年11月10日 21:56
旧・東ドイツに墜落したA10の奪回がテーマですから、ベルリンも登場していたと思います。もっとも白眉のカーチェイスは郊外の平原地帯だったと思いますが。
Posted by ヌマンタ at 2009年11月12日 12:36
ヌマンタさん、でしたよね、確かにやっぱり!
大好きな本でしたが、引っ越し繰りかえすうちにどこかに消えてしまいました…。
Posted by タク at 2009年11月12日 21:21
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