2011年05月25日

あるライダーの話

陸前高田出身のライダー、Hさんと出会ったのは、震災直後の個展の時だった。
彼の実家は、津波で流されたという。仙台市内のバイクショップがHさんの仕事場だ。
やさしそうな、静かな雰囲気とはうらはらに、震災直後から現地と仙台を往復し、精力的に支援にかけまわっていた。

私が印刷したブレイブ東北のカーステッカーも、あちこちに配布を声がけして、陸前高田の文具屋さんでも扱ってくれることになった。
盛岡の個展にもご両親を連れて来てくださったりと、本当に頭が下がる思いでいっぱいだ。

今日、そんなHさんに用事があり、バイクショップを訪ねた。

「今週も陸前高田にいくの?」
ときくと
「今週は休みます。さすがに延々フルスロットルは疲れました〜。ちょっとペースダウンします」
と、彼。
「そうそう、大事だよね、休むの。オレもちょっと小休止だよ。長期戦、ゆっくりいこうよ」
とうなずくワタシ。

ブレイブ東北ステッカーをデザインしていたときに、ブレイブという言葉が頭の中にいざなってたイメージは、昔の戦の戦列だ。
何十列もの兵士が敵に向かって前進する。
最前列がまずはぶつかる。
途中で最前列が左右に引き、第二列がぶつかっていく。
第二列が消耗したなら、第三列が最前線へ。

玉砕覚悟の消耗戦では、この震災の長丁場はのりきれない。
疲れたら休もう、その間、代わりをしてくれる誰かが必ずいる。

kyodotsusin_bravetohoku.jpg

ブレイブ東北のシンボルマークが、共同通信社フェイスブックで取り上げられた。
見て、「いいね」と、クリックしてくれた見ず知らずの方々が何人かいました。
そのクリックくれた方々も、戦列を支えてくれてるなあ、、、
そうおもいました。

Hさんが震災の事を忘れてバイクで風を切る日はいつのことだろう。
でも、その日は必ず来るにちがいありません。












posted by タク at 19:34| 宮城 ☀| Comment(6) | TrackBack(0) | 東北関東大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
戦列のイメージでしたか。

自転車競技の先頭交代みたいですね。
先頭は風の抵抗を受けるから、疲れたら最後列に回る。次に先頭になった人も同様。そうやってローテーションして長距離を走りきる。

疲れたら休憩しましょう。


Posted by 桑原 at 2011年05月25日 22:36
うるうるです。
疲れたら休みましょう。必ず代わりになってくれるだれかがいますよね。
だって、その姿を見てる人がちゃんといますもん。
Posted by 祐子 at 2011年05月26日 00:09
くわちゃん、いいね、自転車競技!
そのイメージも、モライ!です。
Posted by タク at 2011年05月26日 19:15
祐子さん、Hさんのバイク修理話がまた泣けますよ。
ぽんこつ組み上げて修理して陸前高田までもってく根性が、スゴイ!
Posted by タク at 2011年05月26日 19:18
日本の技術者=エンジニアは世界でも最強の水準にありますよ。
もっとも、二輪車はどちらかというと、パーツの規格化が進んでいて、四輪の乗用者などに比べると、パソコンのように汎用部品が集まれば組み立てられるような面もあるみたいですけれど。
特に、大手ではない工場の生産技術者は、バイクならバイクの全体が見通せてるから、いろいろ不都合があっても、擦り合わせとか調整ができてしまうんです。
東北の宝のひとつですね。
Posted by タナカアニ at 2011年05月26日 23:30
タナカアニさん、なるほど、数台の部品から一台を組み上げることができるというのは、そういうことなんですね。
クルマでもできるといいのになあ。
フロントグリルはニッサンで、後部荷台にはトヨタのロゴなんて、かっこいいかも。
国が、数台分で一台仕上げた技術屋さんにボーナス支給して、出来上がったクルマは「復興特区仕様ピックアップトラック」として税金も免除。
まるでマッドマックス2みたい。でも見てみたいな。
Posted by タク at 2011年05月28日 08:19
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。