2011年07月11日

人は瓦礫に何を見るか?

ウエッブマガジン「茶柱横町」連載改訂/東北関東大震災
Vol.5
「仙台からの手紙・その3−人は瓦礫に何を見るか?」

 
今日で、冬の寒かったあの3月11日から4ヶ月が経とうとしています。季節はすっかり夏になってしまいました。仙台と海岸沿いの町を行ったり来たりしていたら、ちょっとした物語が頭に浮かんだので、まずはそれを書き留めておきます。

*
打ち上げられた大きなフネが傾く瓦礫の前に、三人の男がやってきました。
最初のひとりは西の町からきました。
「この悲惨な廃墟の事実をそのまま包み隠さず伝える事がオレの仕事だ」
そういうと、東へ立ち去りました。

しばらくするとふたり目が東からやってきて、廃墟の前に立ちました。
「このフネの向こうにあったはずのドラマを伝えるのが、私の仕事だ。」
かれは南へ引き返しました。

最後にやって来た男は南からきました。
「瓦礫の向こうに小さな光が見える。その光を輝かせるのがぼくの仕事だ。」
そうつぶやくと、北へ向かいました。
*


詩人なら心をどうあらわすか?
小説家なら何を書くか?
ルポライターならいかに生きるか?


同じ瓦礫を前にして、同じ言葉という道具をつかっても、役割はたぶんそれぞれ皆違うんだと思う。あ、今、もうひとつ、言葉達がつぶやいた。

*
瓦礫を見た料理人は何を作るか?
瓦礫を見たドライバーは何処へ向かうか?
瓦礫を見た兵士は何を護るか?
*


彼らの肩をつかんで、「お前になにができるんだ?」と揺さぶる人はいない。けれど、描いたり歌ったり、書いたりといった旅芸人的生き方を選んだ人は、無言のまなざしで揺さぶられる現実がある。それこそが、311以降、旅芸人達の前に期せずして敷かれた、そして避けられない道筋のような気がしてる。
今日はあの日から4ヶ月目。瓦礫の山はどんどん高さを増している。だけど、海辺の町並みは、まだ、その基礎さえ作られていない。

「お前は、瓦礫という現実を前に何を表現をするんだ?」

この四ヶ月、そんな無言の問いかけに、何度かさらされてきた。ぼくはそんな問いかけに即答できるほど聡明じゃないし、心が決して強くもない。けれど、ツマラナイと目を背かれても、絵が変わらないじゃないかと冷ややかに語られても、考え続け、描き続けることだけは忘れない。

イラストレーションを仕事に選んだ私が、描く事を通してどういったことを伝えて行くのか?絵描きとしてこれからどんな表現になって行くのか? たぶん、その答えがわかるのは、何年も先のような気がしてる。
「今」、あらゆる感情を「ねじ伏せて」それでも作品が生まれつつある。遥か先、町が復興した未来にそれらを手にしたとき、どう感じるのか? 答えはそのときわかるような気がしてる。


すくなくとも、今、ぼくには幸運にも描くエネルギーが戻ってきつつあります。311以降、危うい日々ばかりですが、それでも「今日」を「明日」へ繋いでいます。今回の絵は、先日、過去のスケッチを元に描いた、今は無くなってしまった風景です。宮城県南三陸町の藤浜という小さな入り江でした。たしかにそこには311まで漁へ出る漁師の姿と、港があったのです。津波が襲ったあの日の3週間ほど前、現地に取材していたのでした。

明日へ繋がる「今のすべて」にオブリガード!


umie72.jpg



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posted by タク at 22:40| 宮城 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 東北関東大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
重くて、熱いメッセージです。
四か月走り続けて、なおエネルギーを持ち続けてるなんて、敬服します。
海、浜辺、漁する人の絵に、力、愛を感じます。
Posted by こみや at 2011年07月12日 21:13
こみやさん、力みすぎた感のある駄文でしたが、チカラが湧いてくるコメントよせてくださって、感謝です。
エネルギーは、正直、一進一退です。波のようですが、少しずついい波にはなってきている感じがしています。
ありがとうございました!
Posted by タク at 2011年07月12日 22:50
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