2011年11月09日

メッセージの受け取り方

先日の南三陸町行きブログで、藤浜の浜辺に打ち上げられたCDのことを書きました。
その時の気持ちの事を書いておこうと思います。

20111105_8.jpg

炎で三分の一ほど焼かれ溶けたCDのタイトルは、「Missing Place」すなわち「失われた地」というなんとも意味深なタイトルでした。
震災のちょっと前に取材で訪れた藤浜。
そこには、入り江に沿って、漁師小屋や家々が建っていました。
今回は、津波のあとでしたから、一切合切がなくなっていたのは言うまでもありません。
そこに落ちてたのが、そのCDです。

はじめタイトルに気づいた時は、信じられない気持ちで立ちすくみました。
ですが、そのあとやってきた気持ちは「これは私にとってのメッセージじゃないか?」
でした。


焼けていたという事は、火災が起こった場所で流れ出たものでしょう。気仙沼なのか、山田町なのか、はたまた仙台の若林区か、それはわかりません。
ですが、不思議と、本当に不思議なのですが、マイナスの気持ちには振れませんでした。

「さあ、あなたは失われた地に立ったね。ここがあなたにとっての「ゼロ」だ。ここからあなたなりに何かをはじめなさい」
そんなことを焼けて欠けたCDは言ってくれたような気がしています。

一枚の焼けたCDを見て何を思うか?
人によっては、人間の命を考えるかもしれません。
ただのうち捨てられた物体とおもう人もいるでしょう。

人それぞれ違うと思うけれど、私はあの一枚に出会うべくして出会ったような気がしてなりません。


閑話休題。

014Ponte Vecchio.jpg

今日、絵の注文をいただいていたお客様の元へ、絵を納品しに行ってきました。
そのお客様の家は、建ったばかりの新築。
「納品の時は奥様と一緒にいらしてください」
と言われていたので、妻と二人で納品にでかけました。

話をすると、引っ越し前は、なんと私の恩師、故O先生宅の隣に住んでいたとの事。
私と妻は、史学科出なのですが、故O先生のゼミの同級生、そしてお客様夫婦も二人とも同じ大学の史学科の先輩だったのです。
世間は狭い、とはいいますが、そんな言葉ではくくれない「なにか」って絶対ある、と、なぜか思いました。

CDも、お客様との縁も、どう捉えるかは自分次第。
人ともモノとも全ては前に進むために出会うべくして出会う。そんな気がしてます。

絵は、お客様の新しい住まいに嫁いだ、イタリアはフィレンツェのベッキオ橋を描いたものでした。




posted by タク at 17:30| 宮城 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | モノヅクリの裏庭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「Missing Place」不思議なタイトルですね。
耳に当てたら、何か聞こえてきそうです。

私もこのタイトルから
過去に失われたものがあるのなら
新しい何かがきっと降りてくる・・と
思いました。

この絵の嫁ぎ先の方とのご縁
会うべくして会われたのではないでしょうか。
またひとつ、何かが動いたような気がします。
Posted by みゆ at 2011年11月09日 19:04
みゆさん、いやはや、あまりにすごすぎる体験でした。
まるでCDが言葉をしゃべってるみたいな、、、。

受け取るかどうかは、受け手側にかかっていますよね。

メッセージはいたるところに見え隠れしている、と思うのです。
Posted by たく at 2011年11月10日 12:03
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。