2011年12月06日

「子規の風景」 第12回 松島・雄島

正岡子規の陸奥紀行「はて知らずの記」を宮城に辿る連載をしています。
当然、子規の著作をもとに、いろいろと下調べが必要になってくるのですが、すべてスムーズに進むわけじゃないのが、世の常。どうしてもハテナマークが解けないことがあったのですが、ひょんなことで、昨日氷解。

昨日、強風をついて、松島の某旅館に現地ロケハンで向かいました。取材が終わって、コーヒーを飲みながら旅館の方とディレクター氏と雑談。流れで子規の旅話になりました。原稿作成でつまづいてることを話すと、なんとその場で、ディレクター氏から明快な答えが!それは、子規が泊まった仙台の旅館の場所。
「ああ、◯△旅館か〜。それなら、オレの同級生の実家だよ。」

求めよさらばあたえられん、とは、言ったものです。
さて、そんな昨日の夕刊に連載が掲載されましたのでアップします。


子規の風景 はて知らずの記をたどる

「魂の声に満ちる雄島」

松島・3


「細径ぐるりとまはれば石碑ひしひしと並んで木立の如し。」
(はて知らずの記より抜粋)

siki_vol12_osima__72.jpg

 松島水族館裏手のヨットハーバーを横目に、岩塊をくりぬいたほの暗いアプローチを進む。と、そこに小さな島が浮かんでいる。その昔、修行僧が石庵(あん)を結び、死者の魂を鎮め祈ったという雄島だ。先の大津波で橋が流され、残念ながら今は渡ることがかなわない。
 塔婆のごとく石碑が林立する島は、まさに祈りの場所だ。子規も訪れているが、記述はわずか2行と「すゞしさを裸にしたり座禅堂」の一句で終わっている。
 私が雄島を訪れる度に思い出す島がある。それは、西のかなたアイルランドのはずれ、大西洋に浮かぶアラン島だ。
 アラン島を旅したのは10年以上前のことだ。岩盤からなるその島には土が、ない。それでも島民は岩を砕いて海藻を敷き、じゃが芋を育て、荒海へと漁に出る。何もないといえばそれまでの島だ。けれどそこは、無力な人間の「生きる」という、魂の声に満ちていた。
 雄島もしかり。主がいなくなった石窟に吹きつける風が魂の声となって胸に響く。雄島は私にとってのもう一つのアラン島なのかもしれない。

絵と文/古山拓
picture & text by Taku FURUYAMA all rights reserved








posted by タク at 10:06| 宮城 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 子規の風景-はて知らずの記をたどる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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