2011年12月20日

「子規の風景」 第13回 富山観音

昨日12月19日付け河北新報に連載の「子規の風景」をアップします。
今回の場所は、松島から北へ数キロの場所です。起点となる陸前富山駅周辺〜東松島市は先の津波で被災しました。
なくなられた方のご冥福をお祈りするとともに、一刻も早い復興を願います。


子規の風景 はて知らずの記をたどる

「眼下の眺望 心に涼風」

富山観音

「涼しさのこゝからも眼にあまりけり」
子規

shiki_vol13_72.jpg


 雄島を訪れた子規は、その日のうちに船で富山(松島町)へと向かう。目指すは奥州三観音のひとつ富山観音だ。
 下船後、彼は地元の子どもの道案内で、小山の頂きにある富山観音への急な坂をひたすら登る。体調芳しくない子規にとって、この行程はかなりの苦行だったに違いない。
 「はて知らずの記」に、実は「涼し」という言葉が、頻繁に登場する。真夏の旅ゆえ涼を求めたということもあるだろう。けれど子規の足跡をたどると、病による疲労を風景に癒やされたゆえの「こころの涼しさ」だったのではないか、と私には思えてならない。
 私が富山を訪れたのも夏の暑い盛りだった。汗だくになって階段を進む。「取材とはいえ、暑い夏は避けた方がよかったな」などと不埒(ふらち)な考えが頭をよぎる。登り切って、富山観音を背に振り返る。と、眼下に広がる松島に思わず息をのんだ。同時に心に吹き渡ったのは、思いもよらぬ一陣の涼風…。
 子規が松島眺望に詠んだ「涼しさ」の意味を、からだが理解した瞬間だった。

絵と文/古山拓
picture & text by Taku FURUYAMA all rights reserved







posted by タク at 07:44| 宮城 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 子規の風景-はて知らずの記をたどる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「涼しい」におけるタクさんの深い解釈、感服しました。
私も若い頃はよく登山をしていたので、この感覚よくわかります。肉体を酷使した後の、至福の「涼」。ご褒美。
Posted by セバスチャン at 2011年12月20日 10:59
どこの海辺を訪ねても、悲惨な光景に出合います。打ちのめされても、なぜか行かずにいられません。
新聞を開いた途端、今までのタッチとは違う迫力に圧倒されました。松島に、こんな絵もあったのですね。
Posted by こみや at 2011年12月20日 11:41
セバスチャンさん、実感を書いたらこうなりました。
今年の暑さは半端じゃなかったですからなおさら感じたのかもしれません。子規にも褒美がまっていたんですね。
Posted by タク at 2011年12月20日 19:01
こみやさん、今回の絵は、クロッキーをもとに描いたものですが、こういう風に表現するのが素直な気持ちでした。
その場でどう感じたか、連載は愚直に描きたいと思っています。
Posted by タク at 2011年12月20日 19:04
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