2012年02月23日

「子規の風景」 第16回 仙台大橋

さすがに個展の二週間前、インド渡航不在中の雑務と制作に追われ、ブログ更新が遅れてしまいました。

先週13日の(遅いよ!)河北新報夕刊に掲載された、正岡子規の宮城旅エッセイ、遅ればせながらアップします。
今回は子規仙台滞在です。


子規の風景 はて知らずの記をたどる

仙台大橋

「旧城址の麓より間道を過ぎ広瀬川を渡り槐園(かいえん)子を南山閣に訪ふ」
(はて知らずの記)


oohasi_72.jpg


 松島遊覧から戻った正岡子規は仙台市内に投宿。はて知らずの記の草稿には「針久に投ず」という一文がある。文献等に国分町付近と仙台駅周辺に同名の旅館を見つけたが、残念ながら両方とも今はない。子規がどちらの宿に泊まったのかは分からない。旅を通して二つの針久に投宿したとする説もある。

 どちらにせよ日々強烈な刺激を受ける子規にとって、宿は一日で最も心安らぐホームだったに違いない。ホームはたどり着く地でもあり、出発の地でもある。
 さて、松島の刺激を宿で鎮め、新しい一日に出発した子規は、仙台に何を見たのか。かかる抜粋を今にたどってみよう。

 大橋を青葉山へ渡り右に折れる。直進すると澱橋が広瀬川をまたぐ。南山閣とは国見の高台にあった伊達家老石田家の別荘だ。察するに子規は大崎八幡を横目に唸坂を上り、南山閣へ。訪ねた槐園(かいえん)とは、鮎貝槐園。気仙沼出身の歌人落合直文の弟だ。
 明治の時代、南山閣は文人歌人が集まるまさにホームだった。仙台での子規の数日がここに始まる。
絵と文/古山拓
picture & text by Taku FURUYAMA all rights reserved




posted by タク at 08:52| 宮城 ☔| Comment(4) | TrackBack(0) | 子規の風景-はて知らずの記をたどる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんわ
いつもブログを拝見させていただいております。
正岡子規の旅エッセイがあったとは知りませんでした。
子規は大橋のあたりから国見まで歩いたのでしょうか。
やはり昔の人は健脚だったのですね。
大橋の風景懐かしいです。
ほんのちょっと帰郷した気分になりました。
この原画も拝見したいのですが遠方に住んでいますので・・・残念です。
インドの旅も興味深く読ませて頂きました。
これからもブログ、楽しみにしていますね。
Posted by 胡桃 at 2012年02月23日 20:43
胡桃さん、エッセイに気がついてもらい、うれしいです。ブログだとどうしても埋もれてしまいがちです。
私も子規の健脚を思います。体調が悪かったとはいえ、それでもすごい。
近い将来、子規連載が終わったら原画展を開いてみたいです。
また遊びにいらしてください。
Posted by タク at 2012年02月24日 10:04
ホーム。
子規もそうだったかもしれませんが、ほんの3年、5年先の見通しも難しくなった現代、
ホームはあちこちに、たくさんあった方が楽しいですね。
我が国日本はそういう時代だと思います。
画題に溢れてます?(笑)
Posted by タナカアニ at 2012年02月25日 10:07
タナカアニさん、なるほど、あっちこちにホームがあるって、いい考え方ですね。
いくつかのホームをもつことで、うん、ひろがりそう♪
Posted by タク at 2012年02月26日 17:04
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