2012年06月07日

旗をあげた日

2002syomeido00172.jpg

東京で初めて個展を開いたのは、たしか1998年だった…と記憶しています。
ひょんな縁で、小平市鷹の台にある、松明堂書店地下の松明堂ギャラリーで2002年まで都合三回ひらきました。
1997年に仙台で初めて個展を開いた勢いで、つっぱしっての個展開催でした。
今思うに、作家としての心構えなんて何もわからず、「見て見て、わたしを見て〜」的、「おれ、東京(近郊だけど)でヒトハタあげてくるよ〜」的、今振り返るとま〜〜ったく恥ずかしい心構えの個展でした。
ただ、一つだけよかったな、と思えるのは、オーナー夫妻がそんな私を「しゃあないなあ」と見守って受け入れてくださり、たくさんの叱咤を毎回もらったことです。

誰も私のことを知らない地でのアウェイ開催。その中、一点でも嫁ぐとそれはうれしいわけです。
舞い上がる私を、オーナー社長はその度飲みに連れて行ってくれました。
そこで繰り広げられたのは、
映画「寅さん」のような世界。
「おまえ、わかってないだろ?いいか、絵が売れたってこたぁなぁ、、、」
と、舞い上がる若造は、こってりと絞り上げられたのでした。

小平でひらいたそれらの個展から、ほぼ10年がたち、今回ひさしぶりに東京での個展がスタートしたとき、社長のかつての言葉を思い出しました。
「絵を買ってくれる人は、「お前の将来を見続けるぞ」、っていっているようなものなんだ。わかるか?この重さが。これからさき、どんなにつらくとも筆が折れないことを肝に命じること」
「自分のフィールド、東北にとことんこだわり続けろ。やり続ければ結果ってなあ、後からついてくる。」
(↑山田洋次的世界でね=笑)

あれから10年が経ち、久しぶりにアウェイの地で展示した「東北とケルティックランド」展は、人様の遠い縁でもって、たくさんの方の目に絵を見ていただくことができました。あらためて、「縁」は「見てくれている」ことを実感した個展でもありました。

会期途中、5月31日。
松明堂(いまは閉じてしまいました)のオーナー夫妻がきてくれました。
ふらっとあらわれ開口一番、
「お、やってるねぇ。絵描きになろうなんて思ってるんじゃないだろうな」とニヤリ。
お、きたきたっ!はじまるぞ♩…と、思った私の気持ちを察したのか
「そんなことを言ってほしいから、案内くれたんだろ?さて、今日は築地だ。寿司でも食いにいくか」
「はい!!!」

築地での時間が、東京での、珠玉の時間のひとつだったのはいうまでもありません。

1998年、松明堂ギャラリーで開催した「陸奥紀聞」展からはじまった東京での個展は、ちょっと途中空きができてしまいましたが、これから先、隔年で開いていくつもりです。

ご来場くださった大勢のお客様と、さまざまな縁をつなげてくださった皆様に、心よりお礼申し上げます。
ありがとうございました!

写真は2002年に開いた「素描陸奥」展、松明堂ギャラリーの外観です。掲げられている旗は、搬入後、ギャラリーの床面で作ったもの。作家自身の旗を掲げることが、松明堂展示作家の恒例行事でした。
作家が「オリジナルの旗を作って掲げる」というすんごい意味が、10年たった今になって、ようやくわかりました(理解遅いって!=汗)

というわけで、松明堂からギャラリー喜久田展へと立ててきた旗は、このあと7月18日からスタートする埼玉県川口栄町商店街主催震災復興支援「東北風景」展(会場・燦ぎゃらりー)と、8月に山形市大沼デパートで開催する個展へと続いていきます。




posted by タク at 09:46| 宮城 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 個展 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。