2012年06月26日

「子規の風景」 第18回 仙台・宮沢橋より愛宕山をのぞむ

子規の風景 「はて知らずの記をたどる」のアップが滞っていました、、、
ずいぶん遡ってしまいますが、新聞連載を転載します。

子規の風景 はて知らずの記をたどる

「宮澤渡りの仮橋を渡りて愛宕山の仏閣に上る。」
(はて知らずの記)


vol18_atagoyama_nyuko.jpg


 毎回いかにも知っているかのように書いているけれど、絵描きの調査なんてたかがしれている。多くの識者が労を重ねた文献や、連載をきっかけに情報をくれる人たちの助けを得て、ひとつの視点で不器用に織り上げているにすぎない。
 その織糸は、多くの助けと、訪れた現地で喚起された印象、そして描いている時に脳裏に降ってくる言葉たちだ。
 国見に遊んだ正岡子規は翌日愛宕神社を訪れる。明治二十六年、今の愛宕橋はまだない。子規は舟丁から簡素な木橋だった宮沢橋を渡り愛宕山へ向かう。
 私も宮沢橋に立ちスケッチブックを取り出した。それまで多くの文献や人々がくれた情報が想像力と出会い、勝手に脳内で映像を結び言葉を紡ぎ始めた。
「宮沢渡りにはどこで曲がるんだい?」と尋ねる子規が心に遊ぶ。そこには短い会話でも子規と繋がる人がいた。ふとその時「助け」という言葉が舞い降りた。
「そうか、「繋がる」という事は「助ける」ということなのか。」
「なんだ、今ごろわかったのか?」と、子規が私を振り返ってつぶやいた。



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