2012年06月26日

子規の風景「はて知らずの記を辿る」第20回 瑞鳳殿

子規の風景 はて知らずの記をたどる

涼しさや君があたりを去りかねる
(子規)


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 子規仙台遊覧の一日は、宮沢仮橋を渡り愛宕神社に詣で、伊達政宗の霊廟(れいびょう)瑞鳳殿を訪ねることで終わる。
 彼は廟へのアプローチの印象を「老杉翁鬱山路幽凄堂宇屹然として其間に聳ゆ」と記している。現地に立った私は、あらためて彼の言葉のデッサン力の確かさに立ち止まってしまった。
 現在の瑞鳳殿は、第2次大戦の空襲で焼け、1979年に再建されたものだ。しかし子規は1637年に建てられたままの姿を明治期に見た。当時、門は閉ざされていたようだ。彼はその隙間から霊廟の彫刻彩色に感嘆し、句に「君」と詠んだように伊達政宗へ思いをはせている。
 スケッチブック片手にその瑞鳳殿を歩いたけれど、どうにも子規の姿が脳裏に浮かばない。実は今までの連載の絵の多くは、子規の姿が構図の中にオーバーラップしたときに筆が走っている。
 廟を描く事を諦め、感仙殿へ向かう道にさしかかった時、ふと子規の後ろ姿が道の先に見えた気がした。
 冒頭の句の「君」。それは私にとっては、まぎれもなく子規だった。




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