2012年06月26日

子規の風景 「はて知らずの記をたどる」第25回 作並街道

昨日6月23日付の河北新報夕刊に掲載になった「はて知らずの記をたどる」です。
作並街道

「山路深く入れば峰巒(ほうらん)形奇にして雲霧のけしき亦ただならず」
(はて知らずの記)


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 熊ケ根から作並へひたすら歩く子規は、その風景を表題のようにつづっている。見知らぬ地を進む旅人としての心境を、この一文は見事に表している。
 以前、英国のダートムアなる荒野を、ひとり徒歩で歩いたことがある。もちろん地図は持っていた。けれど初めてたどるルートだ、風の音と自分の足音、そして呼吸音しか聞こえない世界にじわりと不安感が迫ってくる。子規の一文から私はそんな荒野の旅を思い出していた。
 風景は、そのときの気持ちで見え方が変わるものだ。楽しげな気分で見上げる山と、不安感に包まれて囲まれる山では、その迫り方は全く違ったものとなる。色彩もまた同様だ。山も木々も空模様も、それ自体はただそこにあるだけだ。けれども実はその姿は、見る人の心模様に応じて優しくも厳しくも変化する。
 作並街道の傍らへ車を止め、細い歩道を歩き出した。傍らをごう音を立て大型車両が通過する。風圧がすごい。しばらく歩き、ふと子規が「感じた」風景はここだ、と立ち止まった。スケッチブックをひらき、山並みと対峙(たいじ)した。

絵と文/古山拓
picture & text by Taku FURUYAMA all rights reserved




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