2012年08月19日

子規の風景「はて知らずの記をたどる」第28回 関山

すみません、前回のアップから10日ほどたってしまいました。
いつも読んでくれている方から「大丈夫?」と、心配メールが届きました。体調は万全、山形個展の準備に終われ+お盆の息抜きで気がついたらあっという間の10日間でした。Facebookでは数行アップをこまめにしていたのですが、ブログとなるとSNSとは構えが違います(ブログをお読みくださっている方でFacebookに参加している方は、遠慮なくトモダチリクエストしてください〜♩)
ご心配かけてすみません。そして、きにかけてくださってありがとうございます。で、久しぶりのアップです。

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昨晩、作並温泉岩松旅館社長と懇談。きっかけは正岡子規の新聞連載でした。
これから、仙台と山形をつなぐ場所に位置する「作並温泉」に対して、私が何ができるかを考えていくことになりそうです。
子規はいろんな縁を繋いでくれています。ロビーには新聞連載のパネルが貼りだされ、紹介、気恥ずかしかった(汗)。
で、流れで一泊。久しぶりに深く眠れたかな。

二月ほど前、取材の事を伏せて、岩松旅館にオシノビ宿泊してきましたが、今回はオフィシャル(笑)。支配人さんや板長さんとも知り合えて、はからずともなじみの宿になりました。

DVC00174.jpg


料理、露天風呂ともすばらしい宿です。

♬ ♬ ♬

さて、そんなわけで、先週13日に河北新報夕刊に掲載された「はて知らずの記をたどる」をアップします。
実は次回27日掲載が最終回。最後の締めくくりの絵は、完成にたどり着くまで4枚ボツにしています。エピローグゆえ、思い切り気持ちに素直に描いたら、今回の絵とはちょっと違ったものとなりました。お楽しみに。

関山

蝉の声いつしか耳に遠く 一鳥朝日を負ふて山より山に啼きうつる
樵夫の歌かすかに其奥に聞こえたり。

「はて知らずの記」より抜粋

vol_28_sekiyama_nyuko.jpg

 回を重ねてきた連載も、次回が最終回だ。正岡子規は、宮城、山形、秋田、岩手と回り、汽車で上野に戻るのだが、子規の足跡を宮城にたどる本連載は、彼が山形へ抜けるところで一区切りとなる。

 明治26年7月27日に宮城入りした子規は、岩沼、仙台、松島、そして作並から山形へ。8月6日、関山の旧街道に最後の足跡を記し宮城を後にする。

 私にとって、子規の関山越えのくだりでもっとも印象に残ったのは、句ではなく表題の一文だった。作並の宿を出発し、峠にさしかかるくだりだが、静かな山あいの情景が、音が、心に浮かぶ。

 遠ざかる蝉(せみ)の音、山間をわたる鳥の鳴き声、そしてどこからかこだまするきこりの歌声。子規の聴覚が関山の陰影を際立たせる。そして、彼が宮城で詠んだ最後の句はこれだ。

 隧道のはるかに人の陰すゞし

 子規のくぐった隧道(ずいどう)は、現在の関山トンネルではない。閉鎖された旧道の奥に、それはある。私が旧道を訪れたのは初夏。通る人はもちろんなく、勢いづいた緑が行く手を阻んでいた。

絵と文/古山拓
picture & text by Taku FURUYAMA all rights reserved




posted by タク at 17:22| 宮城 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 子規の風景-はて知らずの記をたどる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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