2013年08月03日

子規は冒険家だ。

なんとか、ほんっとなんとか岩手湯本温泉に辿り着きました。

朝イチ、秋田から八郎潟まで北上。ここで絶ピンモチーフにまた出会ってしまい、予定大幅オーバー。

秋田に戻って、子規の羽州街道ルートを六郷まで南下。
運悪く、否、運良く^_^;夏祭りにぶち当たり、交通規制でウロウロ。
はやめに六郷は切り上げ、今日のメインイベント、六郷から湯本へ、山越えルート走波。

この山越えが、悪路なんてもんじゃない。多分、いや、間違いなく道路管理関係者しか走っていない…。だって、ダートのわだち、キャタピラの跡だらけだったもの。
地図写真アップしますが、左上が六郷。右端が湯本温泉。両方を繋ぐピンクのラインでなぞった細道が、120年前に子規が、で、今日、ワタシが山越えしたルートです。

因みに、子規の文面からも不安感が覗きますが、クルマの私でさえ「この山道、マジ、やばいよ…」
と思いましたから、夕闇のなか九十九折の細道を歩いた(!)子規の心中はいかばかりか…。

ジャリ道といっても、登れば登るほど道が流水に流され、ほっくり返され、凸凹なんてもんじゃない。前輪駆動のプジョーちゃん、よくがんばったなあ…。
止まったらスタック必至という砂利の大きさプラス登板角度プラス対向車来たら、どっちかがバック、というすんごい道でしたが、その悪路13キロ、一台の対向車もこず、出会ったのは、キツネ一匹。ほんとです。

峠を二つほど越え、民家が見えた時は、思わずクルマを停め、ドアを開け、外に出て、クルマに、ようがんばったのう…と、話しかけていました。

というわけで、アクセルワークとハンドルさばくのでせいいっぱいで、悪路写真はありません。

運転してる時、考えていたのは、子規のこと。
はっきりいいます。彼は冒険家でもありますね。
明治24年、国土地理院がつくっていた地図を子規は持っていましたが、それでもこんなに辛い道だとは思わなかったと思うよ。

悪路に入る前、黒森峠から見下ろした景色は、絶景でした。
しかし、黒森って名前が不安感倍増でしたね。黒い森、ダークフォレスト…なんといいますか、なにか魑魅魍魎のたぐいがうごめいていそうじゃないですか(笑)

明日は水沢まで取材です。全行程、あたりまえだけど舗装路。楽チンだね♩


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posted by タク at 18:26| 宮城 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 子規の風景-はて知らずの記をたどる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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