2015年06月12日

切なさ

切なさ、とか、孤愁。
能天気な自分にはまったく関係がないと思っていたそんな言葉が、ここのところ気がつけば傍に座っている。

座っている、といっても、勝手にそこにあるわけではなく、そのほとんどが個展で絵を見てくれた人の、言葉の置き土産だ。

絵とは、上手い下手関係なく、人が自分の心で濾過した体験のうわずみか、あるいは沈殿物なのだと思う。

となると、その切なさや孤愁って言葉は、オレという、おてんとさん的な存在のどこからやってくるのか?そんなことをつらつら考え始めたら、止まらなくなってしまった。

言葉って不思議だ。
記憶や体験を掘り起こしもするし、ふわっとベールをかけてもしまう。

体験と言葉と絵。
描く者なら誰でもが考えていることだろうそれらの関係。役に立たない悪しき行いばかりの自分の体験だけども、別のみかたで眺めてみたい。

切なさとか孤愁という言葉、嬉しくも深い。言葉からまた何かが始まりそうな気配、濃厚也。

関係ないけど、文学部廃止論絶対反対(笑)…って社会に貢献力・還元力のないオレが言っても説得力まったくなし、だな。


話は唐突に変わるけど、来週月曜から二泊三日で岩手は宮古に行くことになっている。旅仲間はギタリストの那須尚ちゃん。ふふふ♩の展開必至。

宮古のとある小学校で、小さな講演会と水彩で手紙を書くワークショップをやってきます。

先月の岩手町での個展では、町の小学生たちに水彩を描いて見せました。そして来週また小学校…。半年前から決まっていたこととはいえ、この連なりはどういう風の吹きまわしかな?

風に逆らってばかりじゃ能がないので、これはふかれるままにやってこよう。












posted by タク at 23:28| 宮城 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | モノヅクリの裏庭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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