2016年04月09日

七日間と桜

20160408春風の小径292_195.jpg

数年前の春先、岡山で個展を開いたのはたしか、かの地の桜が終わった直後だったと思う。仙台はつぼみがふくらみかけたころ、まだはなびらを見る前に岡山に飛んだように記憶している。
個展を終えて仙台に戻ると仙台の花も既に終わったと記憶している。

たかが個展の一週間、されど花が咲き散る一週間だ。
3月31日から4月6日まで開催して来た盛岡ギャラリーカワトクでの個展は、いつもよりひと月ほど早い会期だった。もちろん北の岩手に桜はなかった。
あっという間に先日七日間の盛岡滞在を終え、仙台に戻ったのは昨日のことだ。

盛岡に出発したのは3月30日。月末とはいえ暦はまだ三月だ。個展の準備に猛烈に追いまくられての年度末。個展会期中はいつものごとき精神的消耗戦。終わって戻ったのは昨日の朝。桜のことなどみじんも考えていなかった。

一夜あけて今日。川徳百貨店から日通で梱包が自宅に届き、夜、両親が住む自宅近所のマンション一室へ運び上げた。(実はマンションは以前私がアトリエとして使っていたものだ。絵は保管場所に困る代物でもある。そんなわけで6畳一部屋を絵の倉庫として使わせてもらっている)
エントランス脇の来客用駐車場でステーションワゴンのハッチを閉めようと上を見上げると、夜空にあらがうように手を広げる桜に目を奪われた。

そうか、留守にしていた七日間で仙台は季節が移っていたんだ…。

マンションの居間で、昨年岩手から仙台に引っ越して来た両親に、ひとしきり盛岡個展の報告。引き上げようとしたとき、しみじみと母が言った。
「このマンションはいいなあ。敷地に桜の木が二本もある。」

はっとした。
イラストや絵を商売にして二十数年。いつも春は慌ただしく過ぎていた。思いかえせば桜を作品としては何度も描いてきたけれど、それは仕事だ。家族で桜をゆったり愛でた記憶は数えるほどしか無かった。
ここ数日父母が見上げてきた桜は、そんな自分とはまったく違った色に見えているに違いない。

今回の盛岡個展は、あらゆる意味で、故郷の神様が最後に微笑んでくれたような、そんな奇跡的な個展でした。
ちょっとは奇跡の余韻を桜に楽しみたい春です。

絵は、川徳でお客様のもとへ嫁いでいった一枚「春風の通り道」です。




posted by タク at 00:07| 宮城 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 個展 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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