2016年11月17日

雪国湯田の思い出

20161117北の文学_イラスト_古山.jpg

何度も足を運んでしまう場所って、ある。
地元東北では、奥会津柳津や、岩手金ヶ崎あたりか。だいたいそんなエリアの記憶は家族とともにある。
水彩画の個展取材が、旅の目的になってしまうのが正直悲しいけれど、子供達が巣立った今になって、それでもいつも家族を連れての旅だったことは、ひと財産を作ったかな、そんな気がしている。まだ過去形には早いけど。

先日、岩手日報社から、表紙イラストを手がけている「北の文学」が届いた。
今回の表紙モチーフは湯田温泉郷の「ほっとゆだ」駅舎。
なぜか湯田温泉峡も何度となく足を運んだところだ。それもいつも冬だった。

湯田。大手資本がどかどか同じような温泉ビルを建て競う一大温泉郷ではないし、とりたてて何がある、というわけでもない。山あいに囲まれていて安心するせいか、こころがほっとする。そんな場所だ。

まだ子供達が幼かった頃、湯田の奥の一軒の温泉宿に泊まった。
宿の手配は、仕事のスケジュールの合間を見てが定番だったので、いつも出発前日だった。若手フリーランスイラストレーターのギャラなんてたかがしれている。そんなわけだから由緒正しい高級な宿なんて泊まれるわけも無い。当時はネット予約なんてなく家族四人で泊まるためには、宿泊表という、時刻表のような分厚い本を片手にいつもチープな宿だった。

そんな突然取った宿の部屋の外は、雪が積もった崖だった。
夜、月夜だったのだろう。雪が月明かりに輝いていた。
その崖を一匹の真っ白なオコジョがこちらを見ながら、雪に小さな足跡を付けて登って行った。
家族四人、それは大騒ぎだ。真っ白なオコジョが目の前を悠然と歩いて行くのだ。
子供達の喜んだ顔が今も忘れられない。

オコジョがきっかけでなんどかその宿に泊まっているが、おこじょが現れてくれたのはその一度きりだ。
それでも家族で雪景色の中を旅したことは絶品の記憶として凍結保存されている。
旅はチープなれど、記憶の奥は富豪級ということにしておこう。(富豪になったことは無いからわからないけどね)

ほっとゆだ駅を描きながら思い出していたのは、そんな家族の思い出でした。

posted by タク at 23:38| 宮城 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | イラストレーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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