2013年01月14日

宮崎延泊

image/2013-01-14T22:14:14-1.jpg宮崎夜明け前、レンタカーでホテルを出発、日の出の取材を終え、飛行機の時間までクルマを走らせました。
結果、出発時にはまったく予定していなかった、霧島、そして桜島の姿を見ることができました。

空港につくと、羽田空港閉鎖のアナウンス。やむなく明日の便に振り替え。宮崎にもう一泊することになり、駅前のホテルにいます。
旅先で生まれた予定外の時間は、普段とは違う考える時間をくれますね。

仕事の調整やらでいろいろ大変ではあるけど、飛行機欠航の流れで、思ってもいなかった貴重な時間、もらえてるな。



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2013年01月13日

和歌山四国路九州へ

image/2013-01-13T09:51:54-1.jpgカレンダーの仕事の現地取材で、11日から旅の空の下にいます。広告代理店の営業S氏と二人旅です。

初日朝一番の新幹線で仙台を発ち、和歌山入り。和歌山城天守閣を取材。
その日は大阪に宿をとり、翌朝一番の高速バスで四国松山まで5時間半。
正岡子規の郷里なので、訪ねたいところは山ほどありましたが、仕事の目的は道後温泉、正岡子規絡みの訪問は二カ所だけでした。
正岡子規記念博物館では、学芸員さんと名刺交換、私が追っている正岡子規『はて知らずの記』が書かれて今年で120周年ということで、松山と東北はヒキ強い年となりそうです。

道後温泉に泊まり、正岡子規が夏目漱石にふるまい喜ばれたという「松山鮓」を夕食に軽く地酒を入れたら、即座にダウンでした。

明けて今日、またしても早朝出発。特急で九州に渡るフェリーの出る八幡浜へ。今、豊後水道を進むフェリーの客室でようやく一息ついてます。

明日は宮崎の日の出を取材なので、宿をレンタカーで早朝出発。
取材終了後、空港でクルマ乗り捨てて羽田、そして仙台へ。
三泊四日の取材旅はほとんど移動で終わりそうです。
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2013年01月05日

ハワイ・インド・そして能登

今日、一人のお客様が事務所にいらっしゃいました。
数日前の大晦日「あなたの画集が欲しい」と、一通のファクスをくださっていたYさんという方です。
実はこの方との出会いは、今日がはじめてですが、縁のもとを辿ればハワイに行き着きます。

7年くらい前のこと、仕事でハワイに行きました。
クライアントが用意してくれていたハワイ本島のホテルに向かうと、わたしの部屋がリザーブされていませんでした。
何かの手違いだったようですが、部屋に入るまで数時間にかかるといいます。
困ったな、と、思っていると隣に日本人のお坊さんが立っていました。岡山からきたと彼はいいました。
「よかったらわたしの部屋でお茶でもどうですか」
言葉に甘え、部屋でお茶をいただきながら雑談。

まったくそれまで縁のなかったハワイで、それも偶然知り合ったお坊さんAさんとは、その後年賀状をやり取りする程度でした。が、震災を機に仙台に住む私たち家族を心配して「原発事故でなんともならんときは、うちの寺に避難してきなさい」と有り難い声をかけてくれました。

震災から10ヶ月ほどたった2011年の大晦日、Aさんからインド巡礼団に参加しないか、という電話が入りました。
これも何かの縁と、のこのこ参加したのが2012年2月のことです。

その巡礼団をのせたバスで隣に座った若いお坊さんに、Kさんがいました。
「能登の小さな寺で住職をしています」という彼とは、長距離移動のあいだにいろいろな話ができました。

旅も終わり、数ヶ月たった去年の年末、わたしが作ったインドの旅カレンダーを、その能登のKさんは「お世話になった方へ、いい年末の挨拶になるので、、、」と大量に求めてくれました。

そして先日の大晦日、一通のファクスです。
その紙には、能登のお坊さんから親戚の手を経てカレンダーが届いた旨が、達筆な字で書かれてありました。
カレンダーに記された作者(わたし)の住所を見ると、なんとYさんの住む仙台市内の隣町(!)ということに驚いて、ファクスをくださったのでした。

「どうしても見せたいものがある」と、能登のお坊さんが暮らす町、中居の様子をご自分のムービーカメラでとらえたDVDを持ってきてくれました。
「この寺が、Kさんのお寺ですよ」

ハワイからインドへ、そして今日の仙台。
ふたつの大晦日に入った連絡が、まだ見ぬ能登へ誘われているような気がしてます。

20130105.jpg

絵はインド巡礼のときに訪れた、岩山。
龍樹菩薩の岩山を登る僧侶たちです。


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2012年11月03日

24th Anniversary

今日は24回目の結婚記念日です。

24年前、26歳だった当時私はアニメーター原画マンで、妻は山形の美術館で働いていた。
この日、仙台東口のガーデンパレスで式をあげた。
学生時代の友達やアニメーターの同僚、親類縁者にお祝いに駆けつけてくれた。

あの日から、24年。
記念すべき今日の夕ご飯は、娘の意見で、彼女オススメの「おかゆ」のお店に行く事になりました。

いろんな想いを「おかゆ」にたくすとします♩

24年の思い出をかわしながらいただくおかゆは、どんな味だろう??  楽しみです。

20121103時は流れて_2.jpg

絵は、「時は流れて」。
2002年に妻と子供達とで訪れた、イタリアのオリヴィエート。
その路地裏を描いた絵です。



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2012年09月29日

佐々井秀嶺上人

20120929.jpg
昨日、藤崎個展から販売する、「インドへの旅」2013カレンダーの色校正があがってきました。なんとか間に合いそう。
12ヶ月分の校正紙をみると、2月に旅したインド巡礼が昨日のようです。

インドダンスのYOUTUBEを聞きながら(笑)インドの仕事をしていると、突然、巡礼旅でお世話になったインド仏教最高指導者佐々井上人の動画がとびこんできた。長いけど、内容が、すごい。



岡山の友人僧侶に招かれ、訳もわからずとびこんでいった巡礼旅でしたが、あらためて有り難い旅だったと思っています。
普通なら、佐々井上人と一緒に巡礼する、となれば、本を読んだりこの動画を見た後に旅に出るものなのでしょうが、私の場合は「気がついたらインド」状態。
迎えてくれた佐々井上人に
「こんにちは、仙台から来ました、お世話になります」(笑)
「おお、仙台からよくいらっしゃった!!」(佐々井上人)

招いてくれた友人にあらためて感謝です。
もしかして、友人が今回の「旅の神様」だったのかな、、、。

ちなみにこれが拙くも私の描いた佐々井上人です。
下手ですみません。
佐々井上人72.jpg

話は変わって、昨日の「広瀬川と作並温泉」にパネラーとして参加した座談会も無事終了。
雨の中、50人ほどお集まりくださいました。ありがとうございました。
実は、パネルディスカッションの間、なぜかスコットランドとブルターニュの旅が思い出されてしょうがなかった。座談の流れにうまく整合性を見つけられなかったのでもちろん話さなかったけど(笑)、私の中では、広瀬川も作並も、インドも、スコットランドブルターニュも、繋がっているという感じが、実はある。

「あちこち旅で見てきた事を、どうやって世間様の役に立たせるのか、オマエは??」
と、あらためて旅のカミサマに叱咤された気がしました。



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2012年08月31日

笑顔しか見えない

深夜、ともだちがひとり、こちらから旅立った。

今、不思議と彼の笑顔しか思い出せない。

8月31日、朝、友、永眠。

旅立って数時間、送る言葉なんて見つからないけど、目を閉じると浮かんでくる笑顔を、しっかと心に刻みます。







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2012年05月09日

波のように

image/2012-05-09T07:23:40-1.jpgおはようございます。個展最終日の朝を迎えることができました。
ずっと実家泊りでしたが、最終日だけは諸事情でホテル泊、窓から「ふるさとの山はありがたきかな」の岩手山が見えてます。

今回の個展は、不思議な個展でした。お客様との出会いも必然を感じさせることばかりでしたが、「立ち続けたあと、引くこと。そして感謝の念を思い出して頭を足れる」ことの大切さを、どこかの何かが、体験として教えてくれました。それは、ギャラリーの方が「こわくなってきました」というほど体験でした。それは絵が嫁ぐ、という有り難い結果を通して、波のように繰り返されています。

若い頃、ヨーロッパ放浪していた時に頻繁に起こったトラブルと奇跡的な助けの連続。その連続は日常の中でも繰り返されているのですが、その謎かとけたような気がします。感謝の念は目に見えない時計の歯車のように、確かに伝わっていくんですね。

「今回の個展、まるで津波で亡くなった方々が助けてくれているような気がします」と、昨日、ギャラリーの方が言っていました。

不思議な何かと繋がった今回の個展最終日の今日は、私にとって、大切な記念日になりました。
5月9日を大切に感謝でもって迎えたいと思います。
とりまくすべて、目に見えない地球の果てまで、ありがとう!


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2012年02月15日

インド初日--さらば愛しきCX4

インド巡礼・ドンガルカルにて

インドはデリーについてホテルチェックイン23:00、明けて旅の初日、朝5時半離陸(!)のヒコーキでデカン高原のライプールにとび、キャラバンを連ねてドンガルカルへ。
ドンガルカルってどんなとこ?って聞かないでください。地球の歩き方にも載っていないし、デカン高原のまんなかあたり、ってことでお許しを。シッカリ田舎町です。写真参照。
そのフツーの田舎町に大きな岩山があり、そこが聖地のようになっています。で、その日は仏教徒大会が行われる日で、私たちはその渦中に飛び込んだのでありました。

佐々井上人がインドの仏教指導者という話は前回しました。
大会に佐々井上人が来る、ということで、現地には何万人というインド仏教の信者であふれかえっておりました。
何度も言います。その渦中に、友人僧侶はじめ、一行は飛び込んだわけです。

観光なんてモードではありません。

もう、町をあげての歓迎に、もみくちゃにされ、気がついたら地べたに座り、気がついたら差し出されたインド料理をいただき、気がついたら飾り立てられたトラックキャラバンが組まれ、気がついたら私も一台のトラックの荷台に。
トラックといいますが、きれいに飾り立てられ、床にはしっかり毛布が敷かれています。日本で言うならば、凱旋オープンカーパレードにあたります。最高級のもてなしです。

ゆっくり走るトラックの荷台に立つ私たち日本人に、インドの仏教徒の方々が手を合わす。
「すいません、ただの絵描きなんです、、、」といっても、通じないので、「ええい!私も仏教徒の端くれ!」と開き直り、持参した数珠を手に合掌返礼。
キャラバンはゆっくりゆっくり聖地へ進みます。

私の役目は、絵を描く事でもありましたから、揺れまくる(はんぱでない)車上、仁王立ちで、クロッキーしたり、返礼したり、写真を撮ったり慌ただしいことこのうえない。
二本の手しかないところに、スケッチブックと鉛筆、カメラ。で、手を合わしての返礼。おまけに暑い。

気がつくとカメラが手からすっぽ抜けて、荷台でニブイ音が。ごつっ、、、。

拾い上げると、ミャミャミャ、と、妙な電子音たてて、臨終…。

リコーのデジカメ、CX4君、キミは、とことん弱いんだね、、、。前に酒田で落とした時はヘイキだったのに、なぜにインドでアウトなんだい、、、それも初日、ていねいに敷かれた毛布の上に落下でアウト、タフって言葉をしらないのかね、、、ヤワなやつだぜ、、、しくしく(泣)

という顛末で、インド初日にして、私はデジカメをこわしてしまったのでした。

まあ、人間、カメラが無いなら無いで、考えるものです。
ケータイの写メとビデオカメラのスナップモードでこのあと、乗り切る、、、とういか、きゃつらのバッテリーの脆弱さを思い知ることになるのでした。


聖地につくと、何千人という人々が集まり、大きなステージが組まれていました。
で、気がつくと、またもや壇上に、、、。
お坊さんに混じって、私も貴賓級のもてなしをうけたのでした。(すみません!)
ほんと、何が起こるかわからないのが、インド。
でも、会ったインドの人々の目は、とてもとっても、澄んでいました。


写真は、1.ドンガルカルの雑貨屋
2.トラック車上からの眺め。(この後、カメラを落っことした。)
3.ここが聖地。山の上に大きな釈迦像がある。この岩山、すごいオーラありました。
4.仏教徒大会のステージ上でのスナップ。
(3.4はビデオのスナップショットです)

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2012年02月14日

デカン高原に東日本大震災慰霊碑建立

インド紀行エピソード

「ナグプールにて東日本大震災慰霊碑建立式典に出席」

インドデカン高原のへその町、ナグプール。
今回のインド巡礼で核となった町の一つです。
ここで、東日本大震災でなくなった方の慰霊碑の除幕式が2月7日、私たち巡礼一行が訪れるタイミングに合わせ行われました。

在インドの伝説的上人の佐々井上人のはたらきかけで、仏教の宗派を越えた碑でした。

佐々井上人の挨拶の後、仙台から巡礼に参加ということで、私にスピーチのリクエストがありました。
原稿の準備もなく、ほとんどぶっつけ本番。

震災から11ヶ月の思いを語らせていただいたのですが、ある方は涙を流し「あなたのスピーチが聴けてよかったです」と言われたときには、このためにインドに来たのかもしれないな、、、と、思ってしまいました。

インドのデカン高原のどまんなか。
そこには今も震災でなくなった方を慰霊する石碑が静かに建っています。
石碑は、なくなった方を慰めるだけではなく、「生き残った私たちに何をすべきか」を問いかけている気がしてなりません。

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2012年02月13日

インドより帰国です

無事、インドから戻りました。
20120212dongarukarurioji.jpg

コースは、デリーからデカン高原中央部ドンガルカル、ナグプールへ。その後、アグラ、シャンバル渓谷、ブッダガヤ、最後はガンジス川のほとりベナレス。
ドンガルカル、ナグプール、シャンバル渓谷は、地球のアルキカタにも載っていない町で、現地ガイドさん曰く、「こんなすごい体験のガイドははじめて。予習が必要で、現地に前もって下調べにいったのですよ。」

お坊さんの巡礼に招かれての旅でしたが、とにかく、深いインド旅でした。すばらしくいい出会いや体験をもらえました。強烈すぎたので、くらくらしてます。徐々にアップしていきたいと思います。


クヤシイかな、どうやら私もインドに引っ張られたようです。
次回は単身、じっくり時間かけて旅をすることになりそうです。

インドを経て、ヨーロッパケルトの地や東北をあらためて眺め、描くのが楽しみになりました。
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2012年01月31日

13年分の笑い声

昨晩遅く、仕事場で写真データをチェックしているところへ子供達が入ってきました。
考えてみると、デジカメ時代になってから家族で一緒に写真を見る、ということがほとんどなくなっていました。
流れで、しばし、昔の写真からスライドショーのイッツショータイム。1999年、ソニーのマビカなるフロッピー記録のデジカメ時代からスタート!

途中から妻も参戦、そりゃもう、大笑い。
子供達の成長記録と、取材で連れ回した放浪旅の悲喜こもごもが続くよどこまでも♬

「このあと、ブラノ島の滑り台からおっこちたんだよねえ」(長女)
「うん、なんで落ちたのかいまだにわからない」(長男)

「あはは、このあと、寝込む事をしらないで、よ〜笑ってるわ♪」(長女)
「ハラ下しまくって、めちゃやつれてるやんけ(笑)」(長男)

2時間ちかく、仕事場は大爆笑の渦。
気がつくと、「とうに夜半をすぎて」でした。
明日、高校受験一発目がある息子も勉強の仕上げはどこへやら…。
ま、いっか。人生、すべてはいい方向へ繋がっていくとは、子連れ旅の教えてくれた事の一つだから。

しかし写真って、すごいな。ただの一枚ではないです。13年という時をまたいで、昨晩の笑い声に繋がってた♪

20120131firenze.jpg
写真は、「フィレンツェ駅到着2001」、妻が撮った写真です。

20120131limeric.jpg
息子三歳児にして初バックパッカーとなった、「アイルランド・コーク出発1999」
でした。


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2012年01月21日

ピルグリム

「巡礼」というキーワードが、ここ2週間ほど身の回りに浮遊しています。

最初は、テレビで見た、スペインガリシア地方のサンチャゴ・デ・コンポステーラへの巡礼旅番組。
ガリシア地方は、ヨーロッパケルトの薫りが残る地。
いままで、好きで機会を見つけては訪れているケルトの地(コーンウォール、アイルランド、スコットランド、ブルターニュなど)では、未踏の地です。前から、ケルトの地詣で残るはガリシアの巡礼の道だな〜と、ひっかかっていました。

ふたつめ。
2/10から東京赤坂の東京ミッドタウンデザインハブで開催される「my home town わたしのマチオモイ帖」にも出品しますが、わたしがテーマとして選んだ町は、宮城県七ヶ浜町。内容は、その港巡りです。数年前から七ヶ浜町の港をまわっていますが、先の震災の津波で壊滅的被害を受けた港も多数ある町です。
制作しながら「この本は、七ヶ浜の港への巡礼だな」、なんて思っていました。

みっつめ。
先週、偶然にもその七ヶ浜町に関係する、とあるプロジェクトに仕事で関係することになり、七ヶ浜の海外姉妹都市を調べたところ、アメリカの港町、プリマスでした。1620年、清教徒を乗せてイギリスを脱出したメイフラワー号が辿り着いたピルグリムファーザーズの地です。訳して「巡礼始祖」。わたしを引っ張っていた七ヶ浜は海の向こうのピルグリムの地と繋がっていたのでした。

よっつめ。
昨日、盛岡の友人書家と久しぶりに電話で近況報告。
そのなかで、「来月、縁あって旅することになった。場所はインド」と伝えると、「ピルグリムだね」とひと言。(彼女は英語が達者なのです)
もちろん、七ヶ浜の事も、プリマスのことも、ガリシアの事も一切話していません。


いつつめ。
上に書きましたが、来月2月あたま、震災の後初の海外旅=インドにでかけます。
インド行きの縁をくれたのは、岡山に住むとりの友人なのですが、かれは、お寺の住職、お坊さんです。「古山君にインドを見て、感じたところを描いてほしい」との申し出を受け、いくことにしました。彼が主催する旅なので、目的の一つは仏教に関係のある地をまわる事でもあります。いままで漠然としか考えてこなかった仏教を考えながらの旅になります。(そういえば、最近、読む本のあちこちに仏教のキーワードまでころがってるのです。もちろんフツーの本ですが、、、これも必然なのかもね)

おもえば、今までの個展のためのスケッチ旅は、A地点からB地点へというスタイルの旅でした。ゴール地点を決めたら、あとはけっこうなりゆき。ゴールまで旅する間にどんな風景に、どんな人に出会えるか、を自分に課してきた部分があります。これもある意味巡礼だったのではなかろうか??、、、と、この数日思っています。

されど、巡礼の言葉は、重いです。
はたして何を思って、何のためのピルグリムなのか?
答えが出るかどうかはわかりませんが、ここのところ自分の周囲をふわふわ舞う「巡礼」という言葉を大事に扱いたいと思っています。

20120121hanabuchi.jpg

絵は、「my home town わたしのマチオモイ帖」出品冊子『七ヶ浜帖』からワンカット抜粋。七ヶ浜町・花渕ヨットハーバーで描いた一枚でした。
posted by タク at 16:03| 宮城 🌁| Comment(4) | TrackBack(0) | 旅の神様 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月08日

かどをまがれば

一分ずれていたら、あの人にはあわなかった。
あの角を曲がらなければ、あの人には会えなかった。

旅先ではよくある事ですが、ついつい、日常でもそんなことを思ってます。


今日、広瀬川に取材ででかけました。
付き合いの長いTVカメラマンの方が同行してくれました。かなりタイトなスケジュールの中でセッティングした「今日」でした。
ですが、その結果、前から心に引っかかっていた場所に吸い寄せられ、会いたいなと思っていた方と出会えました。
二つの出会いは、奇跡的でした。

まだまだ旅の神様は、見捨てていないようです。


10/7藤崎個展が近づいてきました。
タイトルの「かどをまがれば」は、実はそんな思いを込めた個展タイトルです。

furuyama_egara_web.jpg

DM挨拶文を、ランズエンドUKオフィスの友人、せっちゃん&トムが英文に訳してくれました。
昨日に続き、対訳シリーズです(笑)

「かどをまがれば」
かどをまがれば、いつも心解き放つ風景がありました。
かどをまがれば、そこにはすてきな人が微笑んでいました。
かどをまがれば、必ず新たな道がありました。



[If turning this next corner…]

If turning this next corner, the certainty of encountering another heartening landscape.
If turning this next corner, the certainty of being extended a warm greeting.
If turning this next corner, the certainty of being bestowed fresh hope.


制作、まだまだですが、旅の神様がみてくれてるから大丈夫だ、きっと!




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2011年08月07日

夏の終わり

息子(中三)と娘(高三)の夏が終わった。
共に、吹奏楽に明け暮れた中学、高校の大会にピリオドが打たれた。

自分ではどうしようもないところで突きつけられるピリオドは、辛いものがある。
けれど、実は、点数のつけられない=ワケのわからないピリオドこそが、生き抜くためにはなにより貴重なんだ。

結果は「夏」で終わったけれど、これから先の人生に山のようにある乗り越えるべき峰や絶壁の数々。
今回突きつけられたピリオドは、その越える力の、大きな蓄積になったのを確信してる。

私もそんな子ども達に負けてなんかいられない。
震災という名のそそりたつ峰にチャレンジだ。

今までも生きてきた旅の途中、様々な峰が目の前に現れた。
けれど、それを有り難く受け入れる事で、不思議と乗り越えられてきた。

今回も、越えられるさ、きっとね♪

乗り越えた明日を、まごう事無く信じつつ、旅の神様にオブリガード!だ。
夏の終わりに、感謝!

20110805hanabi.jpg


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2011年03月11日

北海道からの一通の手紙

北の大地北海道旭川から一通の手紙が届いたのは数週間前。
小学生の女の子からの手紙だった。

封を切るとそこには一生懸命丁寧な文字で、いくつかのお願いが綴られていた。
それは将来なりたい職業のプロの方に質問するという、総合学習授業で書かれたものだった。

返事を出そうとは思いながらも、盛岡個展と年度末に追われ、返事を書くのが延び延びに。
個展が終わり、遅れたことを詫びつつ、ようやく返信の手紙を投函した。

無事届いたかな?
そう思いながら、来週からはじまる個展の準備のどさくさに飲み込まれていた。

そんな慌ただしい今日、一通の郵便が届いた。
差出人は女の子のお母さんだった。
達筆な文字で、「届いた手紙に、飛び上がって喜んでいました」と書かれてあった。


どんなに私の返事を待ちわびていたのだろう。
そうおもうと、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「娘が春より目標を持った中学生活が送れることと、感謝いたします」
そうか、あと数日で卒業だったんだ…。
手紙の文末に、胸がぎゅっと熱くなった。



私のような、亜流絵描きの現実と、今まで生きてきた道のりを話しただけなのに、それをこころにしっかりと受け止めてくれた見ず知らずの子がいる。

感謝すべきは私の方です。

Aちゃん、星の数ほどいる絵描きの中から、私に手紙をくれて、本当にありがとうございました。
そしてAちゃんの思いを、手に取るようにお伝えくださったお母さんにも、ありがとうございました。

Aちゃんは、いつの日か、必ず会いたい人になりました。
posted by タク at 00:02| 宮城 ☀| Comment(8) | TrackBack(0) | 旅の神様 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月10日

正岡子規の足跡-岩沼篇

何度か書きましたが、正岡子規の東北旅を、絵と文で紀行し発表することになっています。
で、今日は晴れ間を縫って、仙台の南に位置する岩沼へ小さな取材旅をしてきました。

それはもう、、、、寒がった〜!
スケッチする手の感覚がどんどん麻痺してました。


さて、子規は上野を発ち、東北へ汽車でアプローチするのですが、宇都宮や福島で途中下車しつつ宮城に入ります。
宮城で最初に降りた地は、岩沼。
降りるとすぐにてくてく愛島方面へ向かいます。
目的は藤原中将実方朝臣の碑をみることでした。
まず最初に、中将実方落馬して命を落としたと言われている道祖社を訪れます。
20110110dousosyakodo.jpg
その後、墓碑がある場所へ向かい(道祖社から徒歩十数分)、そこで子規は、おもいがけず西行の句に出会い、感激しています。
20110110saigyokuhi.jpg
このあと、子規は名取駅までまたてくてく。駅から汽車にのり、仙台に辿り着くのでした。

写真は、子規が立ち寄った道祖社で発見?した、たぶん古道と、藤原中将実方の墓碑脇、西行の歌が刻まれている碑。

「朽ちとせぬ その名ばかりをとどめおきて 枯野のすすき形見にぞみる」ー西行

いかなきゃ出会えなかった古道にワクワクし、西行の句の刻まれた古い碑にドキドキしてました。






posted by タク at 17:28| 宮城 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅の神様 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月01日

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。
おかげさまで、2011を迎えることができました。


さて新年元旦から、ウエッブマガジン茶柱横町で新連載がスタートしました。
【旅絵物語】絵描き旅裏グラフィティです。

私の絵描き旅の裏側をコミック形式で紹介していきます。
連載一回目は1997年初個展、「コーンウォールの旅」その裏話です。

一枚の絵の裏側にころがる悲喜こもごも、実話です。
よかったらご笑覧ください。


今年も、なにとぞ、よろしくお願いいたします。
posted by タク at 12:50| 宮城 ☁| Comment(6) | TrackBack(0) | 旅の神様 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月13日

ここに地終わり海始まる

NHK文化センター泉教室のレギュラー、「淡彩画を楽しむ」、今日が最後の授業でした。
明日は、同センター、「淡彩スケッチ画」が最後の日、そして夜は「淡彩画を楽しむ」講座の忘年会です。
ほぼ全員参加で、感謝感激です。
受講生の皆さん、ありがとうございます。

しかし私にとって、ピリオド打つということは、モノゴトはじめる数倍の気力が必要。
他の人はどうなのかな?
土曜日は青葉アートスクールの最後の授業でしたから、エネルギー放出しっぱなしです。

「ヒコーキが飛ぶには「抵抗」が必要」
抵抗すなわち気力放出。
これは、いつも新しい何かに向かう時に、恐れて二の足踏みたがる自分をなだめすかすことばのひとつ。


6年ほど前、妻と子ども達とザックかついでポルトガルのロカ岬をめざしました。
roca2_20101213.jpg

ユーラシアの最果て辿り着いた時、昔の船乗りはすごいなあ、と思いました。なんの情報もない時代に、未知の世界にここから踏み出したのかあ、、、と。
ぼんやりとかすんだ水平線は強烈な抵抗だったに違いない。
ロカの「ここに地終わり海始まる」の碑を見ていてよかった…と思う昨今です。
roca20101213.jpg

ピリオドは新しいスタート、絵という海で、難破だけはしないようにひたすら漕ぎまくります。
posted by タク at 23:00| 宮城 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅の神様 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月24日

スコットランド

きがつけば、もう来週は、たぶんスコットランドです。
朝聞いているFMでは、スコッチミストの話が流れ、夕刻は来客とスコットランドの魅力を語り合い、今日は不思議とスコットランドに縁が深い日でした。

荒れた天気が連想ゲームのようにそうさせたのか、はたまた、ケルトの妖精がアイルランドからスコットランドへとホッピングして来てくれたのか。

だから、というわけではありませんが、いままで気にかかっていた、とあることを、今日けじめました。

それもまた、このスコットランドの無骨なアイデンティティが、彼方から「やるならいまだぜ」と、私に投げかけたのかな、、、なんて考えるとこの天気もなかなかオツなもの、です。


 ビジネスブログ100選 




以下、お知らせです。

仙台リビングカルチャーで、私が講師の水彩ワークショップが行われます。
詳細は以下の通りです。

日にち 6/29 13:30pm〜15:45pm(途中休憩15分あり)
●ワークショップの内容 【明暗、濃淡を意識して描く】
まずは私のデモンストレーション制作。
その後、同じ画題の「女川の漁港」を描いていただく予定です。
sizukananamioto.jpg

 ・募集告知⇒「リビング仙台」5/29号【5/27・28配布】にて告知します。
 ・受付開始⇒5/27(木)9:30〜電話受付のみです。
 ・電話番号⇒022(265)4305 仙台リビング新聞社までお願いします。(都合上、私のアドレス、電話では予約をお引き受けできません。なにとぞご了承ください。)

興味ある方、ぜひお申込みをお待ちしています。

posted by タク at 22:18| 宮城 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅の神様 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月10日

ベルリンの壁

berlin003.jpg
ベルリンの壁が壊れて20年。
今日の新聞を見て、ふと古いアルバムを開いてしまった。

ベルリンの壁が壊れて数年が経った時だったと思う。チェックポイントチャーリーなる検問所が残ると知り、ベルリンの壁の残滓を見にベルリンを訪れた。二ヶ月のヨーロッパぶらぶら旅の中、たしか、ベルリンには2泊ほどの滞在だったと思う。
berlin001.jpg

今はどうなのかわからないが、当時は東と西の豊かさの落差が、地下鉄や街角のいたるところにみてとれた。行き交う市民の服装からして東と西が一目瞭然だった。その差に少なからず驚いた記憶がよみがえる。
berlin002.jpg

写真はチェックポイントチャーリーと、ところどころに残っていた壁。そしてトップのチェックポイントチャーリーで手に入れた、パンフレットの表紙。
当時イラストレーター駆け出しだった私は、この表紙のウォールアートから頭をなぐられたような強い衝撃を受けた。

その時の旅で見聞きしたさまざまなモノゴトが、二十年近くたった今もなお、枝葉を延ばしていることに気づいてます。

貴重な旅でした。


もしよかったら、ランキングクリックをどうぞ。
posted by タク at 08:46| 宮城 🌁| Comment(5) | TrackBack(0) | 旅の神様 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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