2011年08月02日

西への感謝

カレンダーの仕事をしました。
大阪の会社さんが、被災地東北のクリエイターを使ってのカレンダー提案でした。
復興支援を仕事発注で、という、P社さんの提案に心から感謝です。

3月11日からそろそろ五ヶ月が経とうとしていますが、まだまだ戦況は物資届かぬ最前線。「弾が切れた!だれか弾をくれ!」と叫ぶライアン二等兵をついつい思い出しては、イカンイカン!と妄想を振り払う日々だったりします。(ここで、おお〜、となる方、かなり映画好き=笑)

この五ヶ月を振り返ると、震災以降、私が助けてもらったお客さんは、京都、神戸、大阪、東京、新潟と、いままでにないほど広範囲に渡っています。いただいた仕事は、それぞれがひとつひとつ東北へのエールと感じています。

ついさきほど、P社さんから、「カレンダーをお持ちします。仙台でお会いしましょう」(!)という声がけが入電。
言葉にならないほどうれしかったです。
いま、復興へ向けて動きつつある被災地にあって、クリエイターに一番必要なのは、実は日々の「仕事」。
西からの仕事支援に、感謝がこみ上げた日でした。




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2011年08月01日

美大生主催復興支援チャリティ展に出品

東北生活文化大二年生主催・ギャラリーエノマプロデュース「SBGプロジェクトvol.1に、縁あって出品します。美術を学ぶ学生さん達によるチャリティイベントです。
なんと、全出品作品一点500円均一!
売り上げは全て震災支援義援金へまわすとの事です。

私の作品は鉛筆ドローイングですが、よかったら会場をのぞいてみてください。
(額装等はせずにペラ販売でのチャリティです)

アートルームエノマ(ピクニカ2階)
◉会期 8/2〜8/11
〒980-0811
宮城県仙台市青葉区一番町1-5-31
TEL&FAX 022-721-2181(ピクニカ)
営業時間:12:00〜22:00(土・日・祝 〜19:00)
月曜定休日
picnika.jpg
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2011年07月22日

Voice of UK&TYO

madobenobara.jpg

きのう、東京のブックデザイナー氏から電話が。
「どう?しごとまわってる?」

夜は夜でイギリスの友人から電話。
「ランズエンドUKオフィスだよ〜〜♪」

切った直後に別のイギリスの友人から着信。
「ロンドンでチャリティがんばってるよ。直接被災地の町に送ったからね!」

3人といろいろ話したけれど、とてもうれしい電話だった。
仙台に居ると、町はそれなりなんだけど、どうしても気持ちは沈みがちだ。そんな時の遠隔地の友人との会話は、とても勇気づけられる。東京、UKからの声に背筋が伸びた。

そして今日は、東京の出版社からもらっている仕事がダブルの日。プラス東京の美術書出版社から、寄稿する画集「水彩で描く美しい日本」の校正紙がとどいた。じんわりうれしい。あわせて東京トリプルデイ。
遠隔地と繋がっているという事が、仙台に居るフリーランスにとってどんなにかパワーになっているか。
本当に、ありがとうございます。明日からまたがんばれます。


津波で家を流された悪友の娘さん二人が、私のアトリエに避難して三ヶ月ちょっと。明日、アトリエを出ることになった。
社宅がある職場に仕事が決まり、姉妹でそちらへ移ることに。
祝!出航!
いい日旅立ちです。

トップ絵は、ランズエンドUKオフィスの秘書(♪)おせっちゃんの住む町の近所、Bourne End風景。
ジクレー版画=1号サイズ¥15,000で販売中。
ご注文お待ちしています。
ご希望の方は、ウエッブサイトトップページ下部より古山までメールにてお待ちしています。(って、ちゃっかり営業モード♪)



posted by タク at 21:53| 宮城 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 東北関東大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月21日

仙台に潮紙(うしおがみ)立つ

usiogami.jpg

津波からからくも逃れ、九死に一生を得た紙漉職人がいます。仙台市東部、海辺のそばの授産施設で和紙漉きを指導していたT氏です。

施設は311の津波でやられ、その場所をうつすことになりました。
残念なことに津波被害を機に、和紙漉き事業から撤退する事に。T氏の無念さは想像に難くありません。
ところが、津波でやられた建家をのぞいたところ、和紙漉きの道具一式が、ヘドロに埋もれつつも奇跡的に無事だったそうです。
話は奇妙にすすみ、廃棄処分寸前だった道具一式を、T氏が全て譲り受ける事に。


そんなT氏が、今日、私のアトリエに来ました。


「3月11日の津波を生き抜いた道具で、1000枚の紙を漉きました。コウゾは津波の汚れが入っていたりしますが、これでカレンダーをつくりたいのです。使える色は1色のみですが、自由に絵柄を描いてもらえないですか?」

聞くと、シルクスクリーン印刷機も、縁あって震災後手許に渡ってきた(!)とのこと(ありえないよ…)。

T氏の漉き方は、仙台柳生和紙の流れを組むものですが、「潮紙(うしおがみ)という名前にしたいと思っています」とT氏。
津波でやられた荒浜から生まれ立つ「潮紙」。なんとも素敵なネーミングじゃありませんか!
「できるところからゆっくりやって行こうと思います」との言葉に、もちろん、わたしのできること=カレンダー制作をしかと引き受けました。
T氏にエールを送りつつ、潮紙誕生記念作品?第一号「質実剛健モノクロ1色カレンダー」、どんな絵を描こうかな。10月藤崎個展での発表をめざします。

仙台の新しい和紙の流れが、津波の瓦礫の中からひとつ生まれそう…そんな気がしています。
T氏、ガッツだ!(モチロンワタシモ〜)







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2011年07月19日

それでも生きる

「先が見えない辛い日々ばかりだけど、世界へ突き抜けた彼女達にチカラをもらった」
たぶん、こんな内容だったとおもう。
なでしこジャパンの快挙を見た被災地の方が、テレビでインタビューに答えていた。

「先が見えない日々」
ことばにするとたったの数語。
けれど、彼らの抱える心痛はいかばかりか。その漆黒の闇は、想像すらおよばない。
女子サッカーの快挙は、すこしでも彼らの痛みをやわらげ、一筋の希望の光を見せたのだと思う。

「あけない夜はない」とは使い古されたごとき感があるけれど、そのインタビューを見て、あらためてそう思った。

「それでも、生きる」
インタビューを受けていた被災地の方の笑顔から、そんな言葉が思い浮かんだ。
彼女達が見せてくれたのは、夜明け前の一筋の光のような気がしている。




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2011年07月18日

弟きたる

昨日、ひさしぶりに東京から弟が来仙、どうしても被災地に立っておきたいという要望を受け、荒浜、閖上、石巻とクルマで案内した。

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「こんなひどいとは、、、息が詰まるな…」
と、弟。

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現地の悲惨さをしっかりと体で受け止めて、夜遅く、新幹線で東京へ帰って行った。
彼は東京で体験した事を伝えてくれるはず。
微力ながらすこしでも現地の様子が、ひとづてにつたわっていけばいいな。それはなにかのチカラになるだろうから。


あけて今日、朝イチ、クラブ展「だいすきとうほく」ポスター展会場へ、顔出し。
今回のクラブ展はチャリティ物販が絡んでいるので、なにかと軌道修正が必要になっている。クラブ展を仕切っている係の対応に、頭が下がる。
その足で、同業者のイラストレーター、佐々木洋子さんの作品展を見て、帰宅。
洋子さんの旅先をおしゃれに切り取るセンスにはいつものことながら脱帽です。
佐々木洋子個展「日々のおまけ=that&this」展は7/20まで、ギャラリーくろすろーど(仙台市青葉区一番町1-4-26 S A RUMINAビル1階)にて開催中です。
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午後は仕事と思いきや、ニッカ個展のお客様から売約の連絡が。
今から作並ニッカ蒸溜所へひとっ走りだ。

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2011年07月17日

再び被災地へ

今から東京から来る弟を車に乗せ、被災地へ。

何度行ってもへこんできますが、今日も「何か」と対峙してきます。

仙台では今日、東北六魂祭二日目です。
初日の昨日は予想を遥かに越える人の波で、一部中止というアクシデントも。
でもそれは、新しい未来へ向かいたいという人々のエネルギーの発露でしょう。
私は見れませんが、今日のイベントが無事開催され、皆の祭エネルギーが、津波を凌ぐ大きな復興の波に変わりますように!
posted by タク at 16:39| 宮城 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 東北関東大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月12日

ココロと音

最近、カラダが受けつけなくなった音がある。
大排気量のクルマの低いエンジン音、エアコン室外機のくぐもった音だ。

何かに似てるってことに気がついた。
そう、地震が起こる寸前に響いてくる「地鳴り」だ。

いままでは、「うるさいなあ、、、」くらいにしか感じていなかった。しかし最近、その音がするたびに、体の奥でシッカリ緊張してる自分がいる。ちなみに震災直後は、あまりに余震がひどすぎたせいか、さほどでもなかったから不思議だ。

今も実はエアコンを使っているけど、低周波のくぐもりが気持ち悪いったら、ない。(だったら消せよ!だよね)

川のせせらぎや、鳥のさえずりだけが聞こえるところで、つかの間のんびりしたいなぁ…。
そう思った今、脳裏に浮かんだ風景、それは、【うつくしま福島】福島県は北塩原村の景色でした。






posted by タク at 22:46| 宮城 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 東北関東大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月11日

人は瓦礫に何を見るか?

ウエッブマガジン「茶柱横町」連載改訂/東北関東大震災
Vol.5
「仙台からの手紙・その3−人は瓦礫に何を見るか?」

 
今日で、冬の寒かったあの3月11日から4ヶ月が経とうとしています。季節はすっかり夏になってしまいました。仙台と海岸沿いの町を行ったり来たりしていたら、ちょっとした物語が頭に浮かんだので、まずはそれを書き留めておきます。

*
打ち上げられた大きなフネが傾く瓦礫の前に、三人の男がやってきました。
最初のひとりは西の町からきました。
「この悲惨な廃墟の事実をそのまま包み隠さず伝える事がオレの仕事だ」
そういうと、東へ立ち去りました。

しばらくするとふたり目が東からやってきて、廃墟の前に立ちました。
「このフネの向こうにあったはずのドラマを伝えるのが、私の仕事だ。」
かれは南へ引き返しました。

最後にやって来た男は南からきました。
「瓦礫の向こうに小さな光が見える。その光を輝かせるのがぼくの仕事だ。」
そうつぶやくと、北へ向かいました。
*


詩人なら心をどうあらわすか?
小説家なら何を書くか?
ルポライターならいかに生きるか?


同じ瓦礫を前にして、同じ言葉という道具をつかっても、役割はたぶんそれぞれ皆違うんだと思う。あ、今、もうひとつ、言葉達がつぶやいた。

*
瓦礫を見た料理人は何を作るか?
瓦礫を見たドライバーは何処へ向かうか?
瓦礫を見た兵士は何を護るか?
*


彼らの肩をつかんで、「お前になにができるんだ?」と揺さぶる人はいない。けれど、描いたり歌ったり、書いたりといった旅芸人的生き方を選んだ人は、無言のまなざしで揺さぶられる現実がある。それこそが、311以降、旅芸人達の前に期せずして敷かれた、そして避けられない道筋のような気がしてる。
今日はあの日から4ヶ月目。瓦礫の山はどんどん高さを増している。だけど、海辺の町並みは、まだ、その基礎さえ作られていない。

「お前は、瓦礫という現実を前に何を表現をするんだ?」

この四ヶ月、そんな無言の問いかけに、何度かさらされてきた。ぼくはそんな問いかけに即答できるほど聡明じゃないし、心が決して強くもない。けれど、ツマラナイと目を背かれても、絵が変わらないじゃないかと冷ややかに語られても、考え続け、描き続けることだけは忘れない。

イラストレーションを仕事に選んだ私が、描く事を通してどういったことを伝えて行くのか?絵描きとしてこれからどんな表現になって行くのか? たぶん、その答えがわかるのは、何年も先のような気がしてる。
「今」、あらゆる感情を「ねじ伏せて」それでも作品が生まれつつある。遥か先、町が復興した未来にそれらを手にしたとき、どう感じるのか? 答えはそのときわかるような気がしてる。


すくなくとも、今、ぼくには幸運にも描くエネルギーが戻ってきつつあります。311以降、危うい日々ばかりですが、それでも「今日」を「明日」へ繋いでいます。今回の絵は、先日、過去のスケッチを元に描いた、今は無くなってしまった風景です。宮城県南三陸町の藤浜という小さな入り江でした。たしかにそこには311まで漁へ出る漁師の姿と、港があったのです。津波が襲ったあの日の3週間ほど前、現地に取材していたのでした。

明日へ繋がる「今のすべて」にオブリガード!


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夢見る大人のWEB MAGAZINE 茶柱横町はこちらです
http://chabashira.sowzow.com/contents.html
posted by タク at 22:40| 宮城 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 東北関東大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月08日

茶柱横町最新号としあわせレシピ

ショットバーでの取材も無事終わり帰宅です。
写真ぱちぱちにはなかなか慣れません。
今回の取材元は、情報誌「りらく」。今月末発行の8月号に掲載される予定です。なにかのついで、書店に立ち寄る機会があったら、お手に取ってごらんください。

さて、とメールをチェックすると、東京のブックデザイナーT氏からメールが届いていました。
氏が運営しているウエッブマガジン「夢見る大人のWEB MAGAZINE 茶柱横町-最新号」アップの連絡が♪
http://chabashira.sowzow.com/contents.html
明日、山形へ泊まりなので、その前に速攻の情報アップです。
モノヅクリビトのオモシロ連載満載、私は、震災がらみのかなりプライベートなココロの内を書いています。タイトルは、「仙台からの手紙・その3−人は瓦礫に何を見るか?」
あわせてどうぞ、ごらんください。

と、つらつらと受信メールを見て行くと、イギリス在住の友だち、せっちゃんから着信が♪
震災直後から彼女はイギリスで義援金チャリティを開いているのですが、今回もまた現地でチャリティを開くとのこと。チャリティ会場で東北の絵を紹介させてね、という、それはうれしいやさしいメールでした。
そして、さらに被災地への想いあふれる海外からの支援情報が書かれていました。
それは、親しい在英の友人が、「電気もガスも使わない しあわせレシピ」(主婦の友社刊)を出版するというニュース。


この本の印税は、全て震災義援金に寄付するということです。
出版へのいきさつは、著者いっちゃんのブログ「いっちゃんの美味しい食卓」をご覧下さい。
イギリスに住んでいるいっちゃんの、離れていても被災地へ寄せるあたたかいまなざしが、しっかりと伝わってきました。

やっぱり空の向こう、世界は私たちを見守ってくれてます。



posted by タク at 01:32| 宮城 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 東北関東大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月03日

ゼネコンにエール

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先日、ある商売なさっている方がこんなことを言ってました。
「震災後、ようやく最近商品が動いて来たよ。百貨店も食器から動き始めてるって話。震災で割れた食器を、いいものに買い替えるお客さんが増えてるって話だね」
ゼネコンに勤める友人からも、本格的な復興工事がはじまり忙しくなってきた、と入電。
だんだんとギアが回ってくれるといいなと思う昨今です。

新しく家が建つ、そしたら次は、そう、壁面に絵!がくるはずなのです(たぶん、ね=笑)

不謹慎と言われようが、この際いわせていただきます。
いいぞ!どんどんお金を動かしてくれ!!
そうでないと、私のような仙台の末端絵描きは、体力切れでミイラになって即成仏。
あ、ミイラって即身仏っていったよね。
こりゃシャレになりませんて。

というわけで、がんばれ!ゼネコン現場復興!!
地元にお金をどんどん落としてくれ♪



今日は一点額装完了。
産婦人科の院長先生からご注文いただいていた、受付壁面にかける絵でした。

本日アップの絵は、その先生と婦長さんが以前百貨店で購入くださったもの。
タイトルは「鐘音-cannon-」

いまは医院の廊下に架けられています。

posted by タク at 18:04| 宮城 ☁| Comment(6) | TrackBack(0) | 東北関東大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月19日

石巻こども避難所クラブ訪問

本日、朝から石巻へ。
石巻こども避難所クラブの代表柴田さんとお会いしてきました。
三カ所ほど、避難所をまわってもらい、直接現地の様子をハダで感じてきました。
(いきさつは昨日のブログをご覧下さい)

まずは、津波被害がひどかった製紙工場周辺から門脇地区を通り、Save Sendai 311関係者に被害の実態をみてもらい、その後、11:00に門脇中学校で代表の柴田さんと合流。
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今日は日曜という事もあり、子ども達は少なかったのですが、三つの避難所を回り、いろいろと情報交換。

なんと、昼は柴田さんから
「河口にあった私の家の敷地(!)でお弁当食べませんか?」
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北上川の河口で津波でさらわれた柴田家での前代未聞ランチタイム。
とおくに打ち上げられた漁船を見ながら、これからの支援をどのようなかたちで進めるか、ぼんやりとですが見えてきたように思えます。
やはり、現地の声を聞かないと、効果的な義援金投入は難しいと、私は感じました。

夕刻、仙台に戻り、解散でした。


さて、その石巻こども避難所クラブ代表の柴田滋紀さんの個展がひらかれます。
【静寂の赤】
◉会場/仙台 晩翠画廊
◉会期/6/28〜7/10 10:00〜19:00(月曜定休/最終日は17:00終了)
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どうぞ、ぜひ、足をお運びください。
posted by タク at 19:33| 宮城 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 東北関東大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月18日

明日石巻へ

昨日、息子の誕生日で中華料理店へ。
いった店は、「美香園」
今はなき老舗、仙台ホテルの中華料理長が開いた店です。
はじめていきましたが、なんというか、外国に行った気分でした。
不思議なデジャヴュ。

異国を旅していると、チャイニーズレストランにはよ〜くお世話になります。
なんといってもジャン系の調味料が味の基幹、そして、どんなど田舎にもある中華料理店は、ニッポンジンのわたしにとって強い味方なのです。メニューが英語であってもだいたいわかるしね(笑)
Fried rice with pork and vegetable...「はは〜ん、五目チャーハンね」みたいな(笑)

そしてたいがい、東洋的オリエンタルエネルギーがみちているわけで、昨日の「美香園」さんにもシッカリそれがありました。
東洋的オリエンタルエネルギー?なんだいそりゃ???となるかとおもいますが、『よっしゃ!食らうぞ!』エネルギーとでもいったらいいのかな(笑)
妙〜〜にこぎれい、オトナシイお客さんばかりの中華レストランって、私は、ダメ(笑)
中華料理は『シッカリオイノチ!イタダキマス!!』という業エネルギーが満ちていてこそ、だと私はおもうわけでございます。

味もどぎつくなく、何皿でも食べられる、そんないってよかった〜の、店でした。
(15歳という食べ盛りの息子は、鳥の辛し炒め定食+エビチリ×1.5+餃子+チャーハン1/4+スープ1/4+五目そば1/4。以上完食でした。)

isinomaki_asu_kodomo.jpg
さて、明日、石巻行きです。
行く先は「石巻こども避難所クラブ」。

縁あって、義援金の窓口「Save Sendai 311」の運営に関わっています。
震災直後、友人の医師に、外国の大勢の医師や医学会から寄付をしたいという申し出が届きました。で、たちあげたのが「Save Sendai 311」。直接被災地を支えるNPOや現地の団体へ義援金をダイレクトに送るというスタンスをとっています。

そのなかに、「石巻こども避難所クラブ」があります。

知人の画家、柴田滋紀氏が核となって震災直後に石巻に立ち上がった組織です。
いろいろなものを奪われた子ども達をサポートしています。
今後の活動も踏まえ、「Save Sendai 311」として「石巻こども避難所クラブ」を表敬訪問することが必要、ということでの石巻行きです。現場に伺う事で、支援のカタチをより効率的にしたいと思っています。

写真は、震災後一ヶ月くらいに行った時の、石巻門脇地区。
あすは、「Save Sendai 311」スタッフ5人が門脇中学校で「石巻こども避難所クラブ」の方々と合流、活動の拠点を何カ所か紹介いただく予定です。



posted by タク at 11:49| 宮城 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 東北関東大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月17日

ガンバレ!ヤクショ!

「ありがとう!」
と、おもわず笑顔で担当者に声かけてました。

場所は仙台市の青葉区役所。
り災関係の届けを出したときのことです。

私の自宅兼仕事場もそれなりに被害をうけたので、遅ればせながらようやく届け出して来た次第です。
もっとも正式な「り災証明書」がとどくまでには、2〜3ヶ月かかるとのことでしたが、同じフロアで高速道路無料使用申請がスグにできたことがラッキー。
6/20から一年間、無料で高速道路が使用できるようになり、ちょっとほっとしています。

おっと、話がそれました。
で、青葉区役所。
私が行ったのは固定資産税課でしたが、多忙を極めてるはずなのにとても親切な応対。おもわず、笑顔に笑顔でこたえていました。
たったそれだけのことなのに、沈みがちな気持ちがラクになりました。

多分そう感じてるのは私だけではありますまい。
ガンバレ!ヤクショ!
役所の応対で勇気づけられる市民も大勢いるはずなんです。


なかなか行くのがおっくうなヤクショですが、いけばいったで、個人事業者の消費税特例や、備品購入にかかる震災特例などいろいろな資料ももらえ、ちょっぴり一歩前へすすんだ気がしました。

閑話休題

先日、商工中金仙台支店のショウウインドウで、私のかかわった「極上旅みやぎ」のB全サイズポスターに出会いました。宮城県の観光ポスター3連版です。しかし、震災の影響で日の目を見ないことになるのかな、、、なんても思っていました。
ところがです、ありました〜〜♪
「復興へ!頑張ろう!宮城」の張り紙が添えられ、町行く人を見つめてました。
たのむぜ!「極上旅みやぎ」!!

写真、写り込み激しくわかりづらいですが、アップしておきます。
(原画はこちらでご覧になれます。)


今日は息子の15回目の誕生日。
夜は家族そろって久しぶりの外食です。
息子のリクエストで中華料理店。
おいしく食べて祝ってこよう。

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私のアートインフォメーションをまとめたブログサイトを作りました
個展、作品展、講座、仕事の最新情報を随時アップして行きます。
当ブログの左上の「アートインフォメーション」をクリックするとジャンプできます。
【アトリエ屋根裏電探室】同様、ごひいきくださいますよう、お願い申し上げます。




posted by タク at 11:13| 宮城 ☔| Comment(8) | TrackBack(0) | 東北関東大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月15日

カラ元気も必要さ♪

ついさっき、付き合いの長い近所の写真屋さんに行ってきました。
我が家の「り災証明」手続きに必要な、壁面ひび割れ写真をプリントしに行ったのです。
(我が家は外壁にヒビと風呂場のタイルに亀裂程度でしたから、まだいいほう…。とはいえ、地震保険は入ってなかったので修繕費考えると頭がズキズキ。)


「震災以降、写真を撮る気持ちになれないんですよ」
と、写真店のオジサン。

「プリントが仕事でしょう?震災直後、人様に見せられない被災地の写真を、否が応でもいっぱい見せられてしまいました。
写真やってるなら被災地に行かないの?って、よくいわれるけど、アレみちゃうとねぇ、、、」

つい、興味が先立ってどんな写真だったのか聞くと、確かに想像を越えてる…。
オジサンも震災でエネルギーダウンしたんだな、と、ため息つきながら店を出ました。

家に戻る道すがら、てくてく歩きながら仕事がらみの電話を数本いれました。
その時、なぜだかおもわず、元気のいい声で電話してました。
電話を切って、「あ、これをカラ元気っていうんだよな…」
でも、効果テキメン気分一新。

フリーランスは、基本、ひとり。へたすりゃ一日、家族以外の誰とも話さない事もあるわけです。
カラ元気でも声を出す。これって、今、結構大事かも。そう思いました。


出遅れの感はありますが、明日、役所へ、り災証明手続きにいってこようっと♪



さて今宵は、仙台ニッカサービスの社長さんと、ガラス作家の村山君、染織の佐藤江里さんと、宴席設けての打ち合わせ。
話の核は、7月2日からニッカ宮城峡工場でスタートする
「竹鶴21年」 WWA世界最高賞受賞記念イベント 【竹鶴讃歌〜水彩とガラスの旋律】
の仕込みです。

佐藤江里さん宅も、地震でかなりの被害を受けた様子。
まずは、自宅の「り災状況報告会」からスタートになりそうです。








posted by タク at 11:14| 宮城 ☀| Comment(13) | TrackBack(0) | 東北関東大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月11日

震災三ヶ月目、そして明日

今日は、茶柱横町寄稿「旅絵物語」より改稿版転載です。 

「仙台からの手紙・その2−破れたふいご」

震災から三ヶ月が立ちました。
この間、描く事を仕事にするぼくが、仙台で、モノヅクリのハシクレキレッパシとして、何をかんじてきたのかを書きたいと思います。

モノヅクリを暮らす糧にしているぼくが、十数キロ先が津波で壊滅しているこの町で、すべてが止まってしまったようにも感じる東北で、なにをこの間感じていたのか?
いまさらながら「流れに流されていた」としかいいようがない。
でもいつまでも流されてばかりじゃ、ステキな明日ははじまらない。
そろそろ、「ひとり反省会」をしなければ前に進めない段階がやってきた。

震災後、やってきたこと。それは個展を二つ開催し、わずかながら動きはじめた仕事をこなし、あいた時間を見つけての「被災地入り」。そして義援金窓口運営へ参加。
大方そんなところだ。

最初の1ヶ月は、仙台で震災復興支援個展「明日へ」をスタートさせ、義援金窓口開設に関わり、毎日誰かとひたすら会うひと月だった。サバイバル脳内麻薬物質全開で乗り切った一ヶ月だ。

2ヶ月目のヤマ場は、震災前から決まっていた岩手盛岡にある百貨店での個展だった。
準備と現地入りで、これまた考える間もなく終わっていた。(奇しくも盛岡の個展の最終日、5月11日の新聞には「震災から2ヶ月」の文字が踊っていた)
いやが応にも人と会うことでギアがくるくる回り、おのずと前に進めていた2ヶ月だった。

そんな合間をぬっての「被災地入り」が、今までの人生の中にはなかった大きな事件だった。

「被災地入り」といっても暮らしているのは仙台だ。距離的に全然たいしたことじゃない。
ちょっとクルマを走らせると、津波にガッツリやられた石巻や気仙沼だ。朝出発して,昼前には陸に打ち上げられたマグロ漁船の球形船首を頭上にあおぎ、夕方はまた仙台にもどることができる。岩手の被災地となるとさすがに日帰りはきついけれど。

文にすると、たったこれだけの事だけれど、その現地の空気がモノヅクリのぼくに問いかけて来た事は、あまりに大きすぎた。
いまだに整理をつけられない自分がいる。
それはそうだ。人間の想像力なんて、たいしたもんじゃないだろ?、と、たたきつけられるのが、「現地入り」だった。

そんなことの繰り返しで今に至ります。

そうして2ヶ月が過ぎ去り今日で丁度3ヶ月。
なんというか、「絵を描こう」とか、「なにかを発表しよう」といった、以前あたりまえに抱いていた心持ちとは、何かがズレてしまっている。

たとえば、「描く」という事。
ぼくに関していえば、震災後もこれほどまでに、エネルギー枯渇が続くなんて、思ってもいなかった。描くって空気を吸うみたいに当たり前の事で、なんのギモンも持たずにやってきていたことだったから、時間が立てば大丈夫だろう…そう思っていた。

それが、崩れた。

ゲンパツじゃないが、ハヤリ言葉でいうところの「想定外」ってやつだ。
あたりまえに「空気」のように感じていた「生み出すチカラ」は、実はあたりまえに存在するものじゃなかったのだ。

個展をこの2ヶ月に2度開催した。
そのことは、前にも書いた。
ここで、第一の「あれっ!?」があった。

長い会期を乗り切るため、途中で展示替えが必要だった。
ところが、「描けない」のだ。
筆が、動かない。
いや正確に言うと「描くテンション」、すなわち、「無心で筆が動く」まで気持ちを持ち上げるのに、ものすごい時間がかかるのだ。
正直辛かった。
例えば、桜。
震災後、近所に咲いた桜を見、その美しさにため息がもれた。でも、筆をとるエネルギーは湧いてこなかった。
「いったいどうしたっていうんだよ?」
「感動」と「描くチカラ」は別物だった。
例えて言うなら、火の勢いをつける「ふいご」に穴があいたような、そんな感じ。それがちかいかもしれない。

今、これから何を表現すべきか?
今の私たちに何が必要か?
最近、そんな震災にかかる意見を、有名な作家、映画監督や音楽家が寄せるコラムなんかで目にするけれど、たぶん、みんなそれぞれに正しいし、当たっていているんだと思う。

ぼくも自分なりに、3ヶ月考え、乗り切って来たつもりだ。
けれど、ふいごの破れに気がついた自分に今、必要な事、それは震災の現場に立つ事でも、がんばろうと声を上げる事でも、表現し続けようと叫ぶことでもない。
ふいごを繕うことが、今これからもモノを表現していく自分にとって一番大切な事なんだと感じている。

どうすればその穴はふさげるのだろう?
じつは、偶然、2ヶ月半ほどたったある日、効果的な修繕法をみつけました。
それは、311が発しつづける「◯△しなければならない」という、ある種「脅迫」からいったん撤退すること。言葉悪いかもしれないけど、逃げること、といってもいいかもしれない。

思うに震災直後から、雨あられのように撃ち込まれていた、「◯△しなければならない」という弾幕。気がつかないうちにココロのふいごは被弾していたのだろう。
急激に大量の「しなければならない」空気が入った結果、ふいごは破れた。そう感じてる。

さいわいにも、とあることがきっかけとなって、今、破れに気づき、繕いつつあります。
人間、気づかないうちに破裂寸前になっているものだな、と、あらためて痛感してます。

さて、ふいごの修繕もおわり。鋭気も補給完了。
311は長期戦。
ぼちぼち戦線復帰です。

isinomaki_hisaichi001.jpg

今回の絵は、石巻の製紙工場周辺での被災地ラクガキメモ。
こんなものは作品の「こやし」、決して人様に見せるものではありません。
が、罵声覚悟であえて載せておきます。
いつか誰かの心に届く作品に昇華する事を祈りつつ。

isinomaki_hisaichi002.jpg



♪♪♪コレカラ予告♪♪♪
311戦線復帰第一弾
河北新報夕刊に、水彩画とエッセイによる連載がはじまります。
来週月曜からスタートです。

タイトルは
「子規の風景」-はて知らずの記をたどる-
第一回目 東京.根岸

隔週月曜掲載です。
ウエッブでも随時アップして行く予定です。
オタノシミニ!!!!
posted by タク at 19:10| 宮城 ☁| Comment(10) | TrackBack(0) | 東北関東大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月07日

震災ホームステイ

お世話になってる、仙台晩翠画廊のマネージャーさんからメールが。
以下、マネージャーさんの友人が、紹介してくれたというサイトだ。
「震災ホームステイ」
http://www.shinsai-homestay.jp/
sinsaihomestay.jpg
避難所から出たあとの第一歩を支援しようという、震災支援のマッチングサイトだ。

被災地には、地域コミュニティの問題や、地縁、血縁と、すぐには踏み出せない事情が多々存在する。
実は私のアトリエマンションの一室にも友人家族の娘さん二人を預かっている。
預かっているというより、次の一歩までの短期滞在といったかんじだろうか。
友だち夫婦はいまだ仮設抽選待ちでの避難所暮らしだ。
私のアトリエ提供は、仮設への移行までの、ちょこっとの「お手伝い」といったかんじか。


支援にはさまざまな選択肢があっていいとおもう。
地域コミュニティももちろんとっても大切だ。だけど、人間の暮らすことへの考え方は、それこそさまざまだと思う。
支援する側もされる側も互いに押し付けることなく、謙虚に生きたいものだ。

今回の震災は地域も暮らしも家族も友だちもなにもかも引っ掻き回した。
その座標をグラフに表すことができるなら、いたるところにドットが打たれる、そんなかんじではないのだろうか?
大事なのは、行為に「誇り」ををもてるかどうか、そこの様な気がしてる。
全てをなくしても、人間。最後に持てるのは誇りだから。

あ、そうそう、誇りをよく勘違いをしてる輩がいるのも事実。
相手を認めない誇りなんて、ただのコウマンチキですからね。

底辺をはうごときな絵描き稼業の私ではあります。
だけど、それなりの誇りを忘れずに、接する人の「誇り」を受け止めながら進みたいものです。
posted by タク at 22:31| 宮城 | Comment(2) | TrackBack(0) | 東北関東大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月06日

仙台高校+泉館山高校ジョイントコンサート

tateyamasentaka001.jpg

仙台市内のコンサートホールは、震災でほとんどが使用不能だ。
そんななか、唯一使用可能な「電力ホール」でコンサートが開かれた。
仙台高校と泉館山高校吹奏楽部のジョイントコンサートだ。
私の娘も泉館山高校吹奏楽部の三年生。高校生活ラストのコンサートステージという事で、チケット入手し行ってきた。


仙台市内の会場が使用不能という事は、高三の吹奏楽部部員にとって、その悔しさははかりしれない。
しかし相手は震災だ。
娘をはじめ、部員達は慎ましくも悔しさを押し殺していたのが、傍目見るのも切なかった。
そんなとき、仙台高校吹奏楽部が幸運にも定期演奏会のため会場を押さえ、なんとチャリティジョイントコンサートを泉館山高校に持ちかけた。

両校とも、実力は東北大会に進むチカラを持っている。ふだんはシノギを削るライバル同士でもある。
敵に塩を送る、とは、まさにこのこと。
そんな2校が震災に負けてたまるか、できることをしようぜ、と、チャリティタッグを組んだ。

タイトルには「音楽で元気と笑顔を届けよう!!」と銘打たれていた。
それぞれの持ち味を十二分に活かした三部構成。
両校合わせ、部員数は200名を軽く越えていた。
クライマックスは、ステージのみならず全通路(!!)に部員全員がずらりとならび、渾身の演奏を見せてくれた。


ラストのアンコールは、It's a small world。
実はこの曲、オレ、鬼門なのだ…。
いつ聴いても泣けてくる。
なぜかわからないが、ボロ泣き入っちまうのだ。
こんな素敵なコンサートのラストがIt's a small worldなんて、掟破りもいいところ。
頬を伝うナミダが止まらなかった。
通路のすぐそばに座っていたいい歳のオジサンは、泣き顔を高校生の女の子タチの前にさらし、それはもう恥ずかしいなんてもんじゃない。
繰り返し言う。
ラストに「小さな世界」の演奏は、罪です。

今回のコンサートを開いた仙台高校と泉館山高校の吹奏楽部の君たちへ。
君たちは掛け値なしに最高でした。
勇気あふれるステージングをありがとう。
心からオジサンは感謝しています。

出口の募金箱には義援金がいっぱい入ってた。
東北の復興がまた一歩。
音楽のチカラは、偉大です。




ああ、やっぱ、だめだ〜(泣)




posted by タク at 22:26| 宮城 ☀| Comment(6) | TrackBack(0) | 東北関東大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月30日

心の掃除

3日半、体調を崩したのをきっかけに、寝て、起きて寝て、そしてゆっくりして、徹底的に仕事を頭から閉め出した。

不思議なもので、昨日から、ちょっとした事からアイデアがひらめいたり、読んでいた本からヒントをもらったり。
なにもしないことで生まれた空間に、明かりがともった、そんな感じだ。

震災から2ヶ月半、個展×2+止まっていた仕事の再開+その他雑務+家の事…イコールあまりにいろいろなものが入りすぎていたんだろうと思う。

何もしない事ことほど、フリーランス自営業にとって辛い事はない。
ましてやいろいろなことがが変わってしまったこの今、じっとしているほど怖いことはない。
それでも、怖さを押し込めて蓋して、なにもしなかった3日半。

今、家の外は大雨だけど、事務所に流れるバートバカラックが気持ちいいです。


1edinburgh_castle.jpg

今日の絵は、【エジンバラ城】343o×151o ¥78,750をブログ価格¥66,900(売り上げの一部はSave Sendai311義援金窓口へ納めます)
もし、もし、ご希望の方はホームページトップよりメールにてお問い合わせください。


posted by タク at 14:07| 宮城 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 東北関東大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月25日

あるライダーの話

陸前高田出身のライダー、Hさんと出会ったのは、震災直後の個展の時だった。
彼の実家は、津波で流されたという。仙台市内のバイクショップがHさんの仕事場だ。
やさしそうな、静かな雰囲気とはうらはらに、震災直後から現地と仙台を往復し、精力的に支援にかけまわっていた。

私が印刷したブレイブ東北のカーステッカーも、あちこちに配布を声がけして、陸前高田の文具屋さんでも扱ってくれることになった。
盛岡の個展にもご両親を連れて来てくださったりと、本当に頭が下がる思いでいっぱいだ。

今日、そんなHさんに用事があり、バイクショップを訪ねた。

「今週も陸前高田にいくの?」
ときくと
「今週は休みます。さすがに延々フルスロットルは疲れました〜。ちょっとペースダウンします」
と、彼。
「そうそう、大事だよね、休むの。オレもちょっと小休止だよ。長期戦、ゆっくりいこうよ」
とうなずくワタシ。

ブレイブ東北ステッカーをデザインしていたときに、ブレイブという言葉が頭の中にいざなってたイメージは、昔の戦の戦列だ。
何十列もの兵士が敵に向かって前進する。
最前列がまずはぶつかる。
途中で最前列が左右に引き、第二列がぶつかっていく。
第二列が消耗したなら、第三列が最前線へ。

玉砕覚悟の消耗戦では、この震災の長丁場はのりきれない。
疲れたら休もう、その間、代わりをしてくれる誰かが必ずいる。

kyodotsusin_bravetohoku.jpg

ブレイブ東北のシンボルマークが、共同通信社フェイスブックで取り上げられた。
見て、「いいね」と、クリックしてくれた見ず知らずの方々が何人かいました。
そのクリックくれた方々も、戦列を支えてくれてるなあ、、、
そうおもいました。

Hさんが震災の事を忘れてバイクで風を切る日はいつのことだろう。
でも、その日は必ず来るにちがいありません。










posted by タク at 19:34| 宮城 ☀| Comment(6) | TrackBack(0) | 東北関東大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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